「太陽の家」設立60周年の記念イベントでギネス世界記録を達成した
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 日本初開催となる聴覚障害者の国際スポーツ大会「東京デフリンピック」が11月15日に開幕した。東京2020パラリンピックの開催など、障がい者スポーツへの認知が進む中、“日本のパラリンピックの父”と称される中村裕(ゆたか)博士が創設した社会福祉法人太陽の家(大分県別府市)が60周年を迎えた。

 国内初の身体障がい者福祉工場として1965年10月、医師である中村博士が「保護より機会を」との理念を掲げて太陽の家を設立した。現在では、その理念に賛同したオムロン、ソニー、ホンダなどの企業が太陽の家と共同出資会社を設立・運営している。障がい者雇用の推進が日本でも重視される今、この60年間で太陽の家に起きた変化や、障がいのある人の雇用をめぐる課題などについて、自らも四肢麻痺の障がいがある5代目理事長の山下達夫氏に聞いた。

(田中圭太郎:ジャーナリスト)

インクルーシブなリレーマラソンでギネス世界記録達成

「見事世界記録達成です。おめでとうございます!」

 ギネス世界記録の審査員がこう告げると、参加者は満面の笑みを見せて喜んだ。

 別府市の亀川地区にある太陽の家では10月4日、60周年を記念したイベント「インクルーシブひろば2025」を開催した。

太陽の家創立60周年記念「インクルーシブひろば2025」開会式(別府市・10月4日)

 イベントで冒頭に行われていたのが、2人1組のペアで走るリレーマラソン。参加したのは車いすユーザーや義足ユーザーなど何らかの障がいのある人や、市内の大学に通う外国人留学生、それに地域の人たちで、50メートルリレーに参加したペア数のギネス世界記録に挑戦した。最初のランナーの1人は、車いすユーザーでもある太陽の家の山下達夫理事長だった。

最初のランナーとなった山下達夫理事長(右)

 そして最終ペアの1人は、10月1日にスポーツ庁長官に就任したばかりの河合純一氏。水泳選手として金5個を含む21個のメダルを獲得し、パラリンピック殿堂に日本人で初めて入ったパラリンピアンだ。この日は講演のために太陽の家を訪れていた。

リレーに参加した河合純一スポーツ庁長官(右)