クシュナー氏の不動産開発に対して、旧陸軍本部の前で抗議するセルビア市民(写真:ロイター/アフロ)
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(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)

 バルカン半島の北部に位置する人口660万人程度の小国セルビアは、実に強かな国である。欧州連合(EU)に接していながら未加盟である立地を利用し、EU市場の開拓に努める中国の企業を巧みに引き寄せる。そうした中国企業との間で供給網(サプライチェーン)を形成するEUの企業や日本の企業も、セルビアへの進出を進めている。

 そのセルビアを率いるアレクサンダル・ヴチッチ大統領は、一般的に親中国であり親ロシアであると評される。もっとも、ヴチッチ大統領が中ロとの関係を重視しているのは確かだが、とはいえ欧米との関係を軽視しているわけではない。むしろ、使えるものは徹底的に使うというスタンスの方が正しい。小国ゆえの実利主義が根底にあると言えよう。

 米ポリティコなど複数のメディアが報じたところによると、セルビアの国民議会は11月7日、首都ベオグラードでの大規模不動産開発を可能にするべく、建築規制を大々的に緩和すると決議した。米国のドナルド・トランプ大統領の娘であるイヴァンカ・トランプ氏の夫、ジャレッド・クシュナー氏が計画する不動産開発を支援するためだ。

 クシュナー氏は主にホテルと住居で構成される高層建築を建築しようとしており、すでにセルビア政府は、クシュナー氏が経営する投資会社アフィニティ・パートナーズに、99年間のリース契約というかたちで開発用地を提供している。問題はその開発用地で、歴史的・政治的な重要性の高さゆえにベオグラード市民からは強い反発が上がっている。

 その開発用地とは、1999年に北大西洋条約機構(NATO)がベオグラードを空爆した際に損壊した、当時のユーゴスラビア軍の本部の跡地である。当時のNATOはコソヴォ紛争を巡り、セルビアに対して一方的な空爆を行った。こうした経緯から、セルビア政府は跡地を保護施設に認定してきたが、政権はそれを譲り渡したことになる。

 NATOによるセルビア空爆は、当時の民主党クリントン政権下で行われたもので、国連の決議を経ずに行われたという点で大いに問題がある軍事行動だった。コソヴォ問題は複雑であるがゆえここでは立ち入らないが、その責任を一方的な空爆というかたちで負わされたセルビア国民、特にベオグラード市民の心中は察して余るものがある。