現金という存在はなくなるか?
デジタル決済の拡大はグローバルな現象だ。欧州でも、従来型のクレジットカードやデビットカードのみならず、決済アプリが着実に普及している。紙幣や貨幣の発行コストが増えていることに鑑みても、デジタル決済の方が合理的な側面がある。そして、民間業者が発行するステーブルコインに比べるなら、CBDCの方が安全性ははるかに高い。
一方で、欧州だけに限った話ではないが、多くの人にとって、最も身近な決済手段は引き続き現金だ。また、市中銀の口座に預金し、それを銀行が管理するという経済慣行がデジタルユーロの登場でいきなり変わるわけもない。それはECBも認めるところであり、まずは現金との補完関係をどう築いていけるかという点が重要となる。
そもそも現金はなくなりようがない。いわゆる非公式経済(informal economy)での決済を考えればわかりやすい。非公式経済では脱税などの違法行為が横行している。一方で、それが社会的な安全網として機能する場合も往々にしてあるため、完全になくすことはできない。そうした非公式経済での決済は、当然だが現金で行われる。
欧州議会の推計では、EUにおける地下経済の規模は徐々に縮小しているが、2022年時点でも国内総生産の17.3%に相当するようだ(図表)。ECBはデジタルユーロの利用に際して匿名性が担保される設計を試みているが、そもそもの性質に鑑みれば、非公式経済での取引は今後も現金で決済されるだろう。現金は実に、粘着的な存在である。
【図表 EUの地下経済の規模】
(出所)European Parliament (2022) Taxation of the Informal Economy in the EU.
究極のところ、ユーザーがそれを便利だと認識しなければ、どのようなモノやサービスも普及しない。それが便利だとEUの家計や企業が認識すれば、CBDCであるデジタルユーロの利用は広がるだろう。一方、伝統的な現預金をベースとした民間のデジタル決済の方が便利だとユーザーが判断すれば、デジタルユーロの普及は進まない。