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図1 『会本江戸紫』（喜多川歌麿、享和元年）、国際日本文化研究センター蔵
（永井 義男：作家・歴史評論家）
江戸の常識は現代の非常識？ 江戸時代の庶民の生活や文化、春画や吉原などの性風俗まで豊富な知識をもつ作家・永井義男氏による、江戸の下半身事情を紹介する連載です。はたして江戸の男女はおおらかだったのか、破廉恥だったのか、検証していきます。
簡単に転んだ深川芸者
芸者について述べるが、現代ではなく、あくまで江戸時代の事情である。
さて、時代小説などの影響なのか、遊女より芸者の方が身分や格が上と思っている人が少なくないようだ。おそらく、時代小説のこんな場面が影響しているのであろう。
酔った武士がしつこく芸者をさそい、ついには着物の裾に手を入れてきた。芸者が武士の手を払いのけ、さっそうと啖呵を切る。
「よしておくんなさい。あたしはね、芸は売っても体は売らない、芸者だよ。見損なうんじゃないよ」
さすがの武士も気圧され、引き下がる。
たしかに、胸のすく場面であるが、事実ではない。あくまで小説である。図1は、客の男が芸者と情交しながら、こう、からかっている——
「これ、てめえはな、あんよはお下手、転ぶは上手だ。よしかの、よしかの」
——「転ぶ」は、芸者が金をもらって客の男と寝ること。芸者が転ぶのは常識だったのだ。
とくに、深川の芸者は簡単に転んだ。やはり時代小説などでは、深川の芸者は粋で、心意気を大事にしたように描かれることが多いが、みな転び芸者というのが実態だった。これには、深川の遊里独特の制度も関係していた。深川には非合法の遊里である岡場所が多数あった。
そして、岡場所の遊び方には、「伏玉（ふせだま）」と「呼出し」があった。
伏玉——客は女郎屋に上がって遊ぶ。いわば普通の遊び方であり、現代のフーゾク業でいえば、店舗型（ハコモノ）であろう。
呼出し——客はいったん料理屋にあがり、女郎屋から遊女を呼び寄せ、酒食を楽しんだあと、奥座敷で床入りする。現代のフーゾク業で言えば派遣型（デリヘル式）であろう。
もちろん、伏玉にくらべて呼出しの方が客の負担は大きかった。料理屋の料金が加算されたからである。言い換えれば、呼出しのほうが伏玉より高級な遊びだった。
そして、呼出しの場合、客は料理屋に女郎屋から遊女を呼び寄せる。このとき、芸者置屋から芸者を呼び寄せることもできたのだ。
図2 『花容女職人鑑』（蓬莱山人著）、国立国会図書館蔵
図2は、深川の料理屋が描かれている。
左は芸者。中央は「子供」、つまり遊女である。深川では遊女を子供と呼んだ。右は料理屋の仲居。芸者と遊女が同一場面に描かれており、芸者も遊女も客の男と寝ていたことを象徴しているといおうか。芸者と遊女はいわば共存共栄していたのだ。
