ステーブルコイン急拡大の裏で繰り広げられる世界の通貨覇権争い(写真:beauty_box/イメージマート)
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 2025年、日本でもついに円建てステーブルコインの発行が始まろうとしている。フィンテック企業JPYCが資金移動業の登録を取得し、今秋にも円と1対1で交換可能なデジタル通貨を市場に投入する予定だ。世界ではすでにステーブルコイン市場が数千億ドル規模に成長し、その大半を米ドル建てが占めている。暗号資産取引の基盤としてだけでなく、新興国では送金やドルアクセスの手段としても利用が広がるなど、役割は拡大の一途をたどっている。

 一方で日本は、規制整備においては世界に先んじながら、利用の面では大きく出遅れてきた。本稿では、その背景を整理した上で、円建てステーブルコインが今後なぜ不可欠となるのかを検討する。デジタル資産経済圏の拡大に伴い、日本円の国際的な地位をどう維持していくのか──。その答えを探る。

(松嶋 真倫:マネックス証券 暗号資産アナリスト)

米国のステーブルコイン推進の狙いは通貨覇権

 世界のステーブルコイン市場は、この数年で急拡大してきた。2025年時点で時価総額は約3000億ドルに達し、その95%以上が米ドル連動型である。テザー(USDT)とサークル(USDC)が二大巨頭であり、市場の大半を占める。ユーロや円といった他通貨建ては依然としてごく限られた規模にとどまっている。

 米ドル偏重の背景には、通貨としての信認の高さがある。米ドルは国際金融で最も広く使われ、価値の安定性が相対的に高いため、ステーブルコインの裏付け資産として第一に選ばれてきた。その上で、ステーブルコインの最大の用途が暗号資産取引における基軸通貨であったことが、この傾向をさらに強めた。

 投資家は、法定通貨に比べ即時性と柔軟性に優れるステーブルコインを使い、資金を迅速に移動させ、取引時の「デジタルキャッシュ」として活用している。特にバイナンスやBybitといったオフショア取引所、分散型金融(DeFi)市場では、米ドル建てステーブルコインが事実上の決済通貨として機能している。

 暗号資産市場以外でも、ステーブルコインは新興国を中心に存在感を高めている。

 自国通貨が不安定な国々では、米ドルに直接アクセスできる手段として広まりつつある。銀行口座を持たない層であっても、スマートフォンとウォレットがあれば米ドル建て資産を保有・送金できる点は大きな魅力である。海外出稼ぎ労働者の本国送金においても、従来の送金サービスと比較して圧倒的に低コストでスピーディーな手段となっており、需要を支えている。

 こうした状況を踏まえ、先進国でも活用が広がり始めている。

 米国ではPayPalが独自のステーブルコインを発行し、Amazonやウォルマートといった大手小売業者も導入を検討している。従来のクレジットカード決済よりも安価かつ即時性の高い決済インフラとして期待されているためである。

 一般事業者の動きを受けてVisaやJPモルガンをはじめとする伝統的金融機関も、既存の決済シェアを維持するためにステーブルコイン関連事業への参入を進めている。

 ここで注目すべきは、米国がなぜステーブルコインを推進しているのかという点である。その狙いは、世界のデジタル資産市場においても米ドルを基軸通貨の座にとどめることにある。

 ステーブルコインを通じて米ドルを誰でも簡単に利用できる環境を整えることは、米ドルの国際的支配力を強化する有力な手段となる。すなわち米国にとってステーブルコインは、単なる決済技術の革新ではなく、デジタル資産時代の通貨覇権を維持・拡大する戦略ツールでもあるのだ。