ニューヨーク証券取引所に上場を果たした、ステーブルコイン発行大手のサークル。いま注目度が高まる背景は(写真:ロイター/アフロ)

 暗号資産市場で価格を安定させたデジタル通貨として流通する「ステーブルコイン」が、近年、金融市場でも大きな注目を集めている。特に米ドルと価値を連動させたこれらの通貨は、暗号資産取引の利便性を高めるだけでなく、米国の通貨政策や金融システムにまで影響を及ぼしうる存在として認識されつつある。本稿では、米国政府や大手金融機関がなぜステーブルコインの導入を進めるのかを解説し、その潮流を踏まえた日本の現状についても紹介する。

(松嶋 真倫:マネックス証券 暗号資産アナリスト)

米ドルの地位を押し上げる狙い

 米国政府がステーブルコインに注目する背景には、米ドルの基軸通貨としての地位を長期的に維持・強化する狙いにある。

 2025年1月にトランプ大統領が署名した大統領令では、民間が発行する米ドル連動のステーブルコインを推進する方針が示された。

 この方針を裏付けるように、米連邦準備理事会(FRB)のクリストファー・ウォラー理事は、適切な規制の下で米ドル建てステーブルコインを世界に広めれば「米ドルの基軸通貨としての地位はさらに強固になる」との見解を示している。

 また、米財務長官に就任したスコット・ベッセント氏は「米ドルを世界の基軸通貨として維持するためにステーブルコインを活用する」と明言している。

スコット・ベッセント米財務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 では、ステーブルコインがどのように米ドルや米国債の需要を押し上げるのか。その鍵は「裏付資産」にある。

 ステーブルコイン発行体は、価格安定のため発行額と同等の米ドル建て資産を準備金として保有する。現在、その裏付資産の多くは米国の短期国債(Treasuryビル)となっており、国際決済銀行(BIS)のレポートによれば、ステーブルコイン発行体は国家に並ぶTresuryビルの大口保有者・買い手になっている。

 一方、現在流通するステーブルコインの90%以上は米ドルと連動しており、取引の大半が米国外で行われている。これは、世界中の人々が銀行口座なしに容易に米ドルを手にできる状況を意味する一方で、米国が直接管理できない状態で米ドルの利用が広がっていることを示しており、マネーロンダリングや制裁逃れの温床になる可能性が懸念される。

 こうした状況を受け、米国ではステーブルコインの法整備が急ピッチで進められており、年内には規制の枠組みが決定する見込みだ。議論中の法案では、発行体に対し100%の裏付け資産として米ドルや短期国債を保有すること、さらにその内容を定期的に開示することが義務付けられる見通しである。

 立法が実現すれば、ステーブルコイン発行体はさらに多くの米ドル建て資産を保有する必要が生じ、その分だけ米ドルの国際的な影響力が増すと見ることができる。市場関係者の試算では、2028年までにステーブルコインの市場規模が現在の約10倍となる2兆ドルに達する可能性も指摘されている。

 このように、米国は民間主導のステーブルコインを巧みに自国の通貨戦略に組み込みつつ、米ドルの国際的影響力を強化しようとしている。これは単なるデジタル通貨の規制ではなく、世界経済における基軸通貨体制の維持を目的とした戦略的な政策の一環である。