ジャクソンホール会議の休憩中、ECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁や日銀の植田総裁と散歩するパウエル議長(写真:AP/アフロ)
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(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)

利下げシナリオを追認したパウエル議長

 注目を集めたカンザスシティー連銀主催の経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)で、FRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長は利下げについて「慎重に進める」と発言。この言葉に安堵した金融市場では、米金利が低下し、米株価も急騰している。

 もっとも、パウエル議長の講演内容を精査すると、雇用を含めた経済・金融情勢への評価(Current Economic Conditions and Near-Term Outlook)は決して支配的ではなく、あくまで金融政策戦略の見直し方針(Statement on Longer Run Goals and Monetary Policy Strategy)に関する部分が半分以上から6割近くを占めていた。

 そもそも一義的には「世界中の中央銀行総裁、政策担当者、学者、経済専門家が、重要な長期的課題を議論するために集まる」と定義されているジャクソンホール経済シンポジウムの趣旨に照らせば、戦略見直しの方が重要な話であり、近年のように金融政策の「次の一手」に対するヒントを期待する方が筋違いである。

 この慣習を変えてしまったのが、2010年8月のバーナンキ議長の講演だった。そこでは第二次量的緩和(通称QE2)の可能性が示唆され、大変な騒ぎとなった。当時はまだリーマンショックや欧州債務危機の傷が癒えておらず、有事対応の一環だったと思えば「致し方なし」という面もあるが、後の影響を踏まえれば相応に罪深い所業であった。

 念のため、経済・金融情勢への評価について発言を振り返っておくと、「金融政策は既定のコースにはない」と述べ、今後もデータ次第で判断する姿勢が強調されている。この意味でパウエル議長が変節したとは言えない。

 とはいえ、利下げ局面の開始を宣言した昨年講演ほどの踏み込みはなかったものの、雇用・賃金情勢の急減速を明言したこと(含む低い失業率は移民制限による見せかけであること)や、関税がインフレを押し上げる影響について一時的と明言したことは目に付く。

 とりわけ利下げを阻むと思われていた後者の論点については、「A reasonable base case is that the effects will be relatively short lived—a one-time shift in the price level」としており、問題視しないことをベースシナリオと認めている。だとすれば、雇用を含め経済・金融情勢の下振れに応じて素直に利下げは可能と読める。

 もちろん、リスクシナリオとして、実質賃金低迷が続けば労働者が高い名目賃金の伸びを要求し続けるため、こうした「賃金・物価の悪循環(adverse wage–price dynamics)」に警戒を要することにも言及している。ただ、その可能性は高いものではない(not likely)と述べられており、総合的に見れば「次の一手」は利下げと読み取って差し支えない講演である。

 なお、短期的な視点として、9月のFOMC(連邦公開市場委員会)に焦点を当てた場合、CEA(米大統領経済諮問委員会)のミラン委員長の理事就任が間に合った場合、ボウマン理事、ウォラー理事と合わせて確実に3人の利下げ票が見込める。これらを押し切って現状維持とすればFOMC分裂が鮮明になる。この構図は、10月の会合以降にも引き継がれる視点だ。