先人が築き上げた国民皆保険は危機に瀕している(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)
社会保険料は膨れ上がり、逼迫した医療の現場からは人材の流出が止まらない。このままでは日本の国民皆保険は崩壊するが、政治はなかなかこの問題に正面から向き合おうとしない。いったいどこから議論を始めたらいいのか。『日本の国民皆保険』(筑摩書房)を上梓した国際医療福祉大学大学院教授の島崎謙治氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現方法は、社会保険方式と税方式の2つがあると書かれています。
島崎謙治氏(以下、島崎):UHCは日本語に訳すと「国民皆適用」か「国民皆保障」ですが、要するに、国民全員を医療保障の対象とするということです。
その方法の1つは、国民から保険料を徴収し、それを主な財源として医療サービスを提供する社会保険方式です。これは、1883年にドイツのビスマルク宰相の指揮下で立法化されたのが始まりで、ドイツのほか、フランス、日本、オーストリア、オランダ、スイスなどがこの方式を採用しています。
もう1つの方法が税方式です。これは租税財源をもとに、政府(国または自治体)が国民に医療サービスを提供する方式です。その典型はイギリスのNHSと呼ばれる国営医療で、国立病院で国家公務員の医師や看護師らが患者にサービスを提供しています。
税方式を採用している国は、イギリスの影響を受けているカナダ、オーストラリア、ニュージーランドのほか、北欧4国やイタリアなどが挙げられます。
日本の外来の受診回数は欧米諸国のおおむね2倍以上ですが、特に税方式の国の医療へのアクセスはよくありません。たとえば、スウェーデンは社会保障大国のイメージが強いと思いますが、医療のアクセスは劣悪です。
スウェーデンでは初診から手術まで半年ほどかかる
スウェーデンには「0-3-90-90ルール」と呼ばれる決まりがあります。最初の「0」は、その日のうちに診療所に電話などでコンタクトできるようにするということです。
たとえば、子どもが熱を出して、親が診療所の予約を取ろうと思って電話をする。看護師が電話を取り、緊急性がないと判断すると「もう少し様子を見てください」と言って電話を切ります。
次の「3」は、3日以内に医療機関にアクセスすることを保証するという意味です。つまり、プライマリーケアであっても、医師に診てもらうまでにそれだけの日数がかかるということです。
次の「90」ですが、医師が専門医の診断が必要だと判断し紹介状を出すと、90日以内に専門医に診てもらえるということです。
最後の「90」は、専門医の診断を受け手術等の処置が必要な場合、さらにそこから90日以内には処置を受けられるということです。つまり、手術が必要な場合、初診から手術までに半年ほどかかってしまうことになります。
2018年に私がスウェーデンを訪れた時に、「日本には3時間待って3分間診療という言葉がある」と言ったところ、日本では3時間待てばその日のうちに医師の診療を受けられるのかと変な驚き方をされました。
税方式の国で医療のアクセスが悪いのは偶然ではありません。税方式の本質は一種の配給制であり、緊急性が低いケースは後回しにされてしまうのです。
