大学ノートに書かれた『善逸伝』
かくして息子は善逸翁の口伝物語を筆記する。ちらしの裏に書くわけにはいかず、さりとて公的な出版をする予定もないので、原稿用紙も使わない。そこで大学ノートが使われた可能性が高いだろう。
ところで善逸翁には、表現の才能がある。
京極屋で三味線を弾いたとき、「うまいわね」「すごい迫力」「あの子はのし上がるね」等と高い評価を集めた。他人の技術を猿真似するのではなく、自らの内面に消化して表出できる稀有な感性の持ち主だった。
息子は父の物語が世間通用の幻想小説より奇々怪々で、壮絶であることに驚く。古いノートがすべて埋まると、新しいノートを取り出す。こうして何冊もの大学ノートが物語を紡いでいった。「最後の鬼」が退治されたあと、息子は詳細を尋ねたであろう。聞きたいこと、知りたいことが無数に生じていたはずだ。
『善逸伝』の後半は、これら質疑応答と脚注で占められた。こうしてこのテキストは、鬼退治の物語というより、善逸個人に関心を向ける伝記としての性格が強くなった。
善逸翁の物語が終わると、息子はこれをひとつにまとめて保管することにした。内容が古典の伝奇小説を想起させるので、和綴の装幀が望ましいと考えたのだろう。燈子は同書を「ひいおじいちゃんの嘘小説」と呼んでいるが、「ひいおじいちゃんが書いた嘘小説」ではなく、「ひいおじいちゃん(善逸翁)を主人公にした嘘小説」という意味だろう。善逸翁から話を聞き終えた息子(燈子と善照の祖父)は、大学ノートの束に穴を開けて紐を通し、一冊の和綴本とした。そして最後に『善逸伝』の外題を付けて、仕事を終えたと思われる。
同書を読み終えた善照少年は、これがきっかけで日本史に興味を持ち、大河ドラマ『麒麟がくる』を見て、「あっ、自分と同じ名前の公方(足利義輝)様が出てる! 斬った! 殺された!」等と興奮しているかもしれない。拙著『平将門と天慶の乱』を読んで、「最初の鬼が生まれた時代は地獄だぜ」と笑ってくれているかもしれない。名作から広がる想像は、どこまでも尽きることがない。
*『歴史家が紐解く「鬼滅の刃」の世界』の続きはシンクロナスにてお楽しみください。
【乃至政彦】ないしまさひこ。歴史家。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。著書に『戦国大変 決断を迫られた武将たち』『謙信越山』(ともにJBpress)、『謙信×信長 手取川合戦の真実』(PHP新書)、『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)など。書籍監修や講演でも活動中。現在、戦国時代から世界史まで、著者独自の視点で歴史を読み解くコンテンツ企画『歴史ノ部屋』配信中。