『鬼滅の刃』1巻(部分)

(乃至 政彦:歴史家)

 鋭い視点と丁寧な考察で話題を呼んだJBpressでの連載をまとめた書籍『謙信越山』。著者の歴史家、乃至政彦氏が大人気漫画『鬼滅の刃』を読み解くシリーズ第6弾は、「鬼舞辻無惨の千年史」の最終回、鬼の王千年史をお届けする。(JBpress)

※記事中『鬼滅の刃』のネタバレを含みます。閲覧にはご注意ください。

歴史家が考える鬼滅の刃④-1 十二鬼月のホーリーネーム(前編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68405
歴史家が考える鬼滅の刃④-2 十二鬼月のホーリーネーム(後編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68519
歴史家が考える鬼滅の刃⑤-1 鬼舞辻無惨の誕生秘話を探る(前編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68520
歴史家が考える鬼滅の刃⑤-2 鬼舞辻無惨の誕生秘話を探る(後編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68521
歴史家が考える鬼滅の刃⑥-1 鬼の王千年史(前編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68630

鬼の王・鬼舞辻無惨

 人気漫画『鬼滅の刃』作中で、鬼たちの王として君臨する鬼舞辻無惨には、見直すべき重要な情報がある。

「あの男はただの臆病者です/いつも何かに怯えている」

 そう語るのは、鬼の医師・珠世である。珠世は独特の医学知識を活用して、その身から無惨の呪いを外している。

 珠世は続ける。「鬼が群れない理由を知っていますか?/鬼が共喰いする理由」、それは「鬼たちが束になって自分を襲ってくるのを防ぐためです/そのように操作されている」のだという(第18話)。

 無惨は、鬼たちが勝手に自分の名前を発音すると「呪いが発動」して瞬時に死んでしまうよう仕掛けている。しかも常に鬼たちの居場所がわかり、テレパシーまで送ることができる上、近くにいればその思考を読むことすらできてしまう。鬼たちの支配能力はほとんど完璧と言ってよい。

 しかしその無惨が、鬼たちが群れることを極端に恐れ、群れれば自動的に共喰いするようにプログラムを組んでいるのは、いささか度を越しているように思える。無惨とその他の鬼とでは、強さのレベルが隔絶しており、無惨に思考を読まれ、身体破壊の呪いを仕掛けられているのだから、上弦の鬼ですら単体で立ち向かわないだろう。それでも無惨は、鬼たちが群れることをとても嫌っているのである。

 これには何か苦々しい事情があるのではないか。

 令和2年(2020)12月から細々と続けてきたシリーズ最終回では、無惨が鬼の群れを恐れる理由を考えてみたい。

あなたが無惨なら?

 いきなりの質問で恐縮だが、もしあなたが無惨になったらどうするだろうか?

 無惨はどんなチート主人公でもちょっと勝てそうにない最強の設定を持っている。自身が不死身であるだけでなく、生殺与奪の権をほとんど完全に握る不死身の従者を大量に増産できるのである。

 便利な下僕を思うまま増産して操作できるなら、みなさんも考えることがあるだろう。自らの王国を作ることである。

 アプリゲームでも、国家運用と対外戦争を繰り返す作品が人気である。リスクなしチート付で権勢欲を満たせるなら、誰だって自分の王国を作ろうとするのではないだろうか。

 作中の能力を見る限り、無惨が王国を作るための条件は整っている。少なくとも一般的なファンタジー世界なら、無惨は魔王として一大王国を築きあげ、全世界に君臨しようとしていたはずだ。ことによっては、地球全土の制圧も視野に入れられるだろう。

 仮に無惨が一大王国を築いたとすれば、鬼ばかりか人間たちをも支配下に置くに違いない。そうやって人々を食用として飼育しながら、「善良な医者」投薬で得てしまった副作用を消してくれる「青い彼岸花」の探索に使役するのだ。