子供が母親の職業を突き止めてしまった…

 英タイムズ紙はメトレウェリ氏が大学を卒業した1998年の翌年、彼女の同級生らがSNSのプロフィールなどで何らかの「デジタル・フットプリント」を残す中、同氏は「消えた」とした。

 公になっているメトレウェリ氏の職務概要は最小限に留められているが、複数の報道機関が2003年のイラク戦争勃発時、メトレウェリ氏がイラクに派遣された可能性に言及している。メトレウェリ氏はアラビア語に精通した中東専門家である上、MI6のヤンガー元長官は「経験豊富で信頼性のある諜報員」と評している

 1977年生まれのメトレウェリ氏は海外育ちであり、帰国後ロンドンの名門パブリック・スクールからケンブリッジ大へ進学。人類学を専攻する傍ら女子ボート部で優勝経験もあり、近年でもボート(ローイング)は続けている模様だ。

 長らくその存在さえ政府から公に認められなかったMI6だが、今年退任するムーア長官は4年ほど前にラジオのインタビューを受けるなど、社会での認知度を高めようとしているかのようだ。メトレウェリ氏自身、過去に数回匿名でメディアの取材に応じている。うち1回はMI5在籍時だが、当時取材した英テレグラフ紙記者は、同紙との1時間にも及んだ取材はメトレウェリ氏が将来的にMI6長官としてメディア対応を行うための練習台だったのではないかと推測している。

 2022年末の英フィナンシャル・タイムズ紙によるMI6の女性スパイ特集では、子供の頃からとにかくスパイになりたくて友人たちとスパイごっこに興じていたことや、自称「オタク」であると話している。

 映画「007」の女性長官「M」はジェームズ・ボンドと初めて対面したとき、バーボン片手に「私にあなたを死地に派遣する度胸がないと思っているなら大間違いだ」と、男社会に生きる女性のタフさを見せた。

映画「007」でMI6の女性長官「M」を演じたジュディ・デンチ=2018年撮影(写真:AP/アフロ)

 メトレウェリ氏は先述のフィナンシャル・タイムズの記事中、「仕事でもプライベートでも辛い経験をしてきた。トラウマを抱えた時期もあったが、(組織)からの多大な支援を受けて乗り越えてきた」と、「M」のように強靭な精神を要する困難な激務を思わせる過去を語っている。

 他方、過去のインタビューからは、1人の母親としてのソフトな側面も垣間見られる。メトレウェリ氏には複数の子供がいることがわかっている。ある任務に就いた際は、与えられた特殊車両にチャイルドシートを取り付けることを求めたという。当時子供がいたスパイが珍しかったのか、これは現役スパイによる初の要望となり、そのような注文を受けたことのない関係者が困惑したり、また子供たちがスパイばりに、独自の捜査で母親の職業を突き止めてしまったりしたというエピソードもメディアに披露している。