『何がジェーンに起ったか?』(1962) 写真/Photofest/アフロ

(田村 惠:脚本家)

洋画、邦画を問わず今日まで7000本以上、現在でも年間100〜150本の映画を見ているという、映画を知り尽くしている田村惠氏。誰もが知っている名作映画について、ベテラン脚本家ならではの深読みを紹介する連載です。

醜悪な老女を熱演したベティ・デイヴィス

 サイレント期の大女優グレタ・ガルボは、彼女のお気に入りのカメラマン(ウィリアム・H・ダニエルズ)に撮影を担当させることを映画出演の条件にしていたそうである。また、身近なところで言えば、ぼく自身撮影現場で、女優さんに一番モテるのは彼女らに光を当てる腕の良い照明マンであるという話を聞いたことがある。美しく撮られたいという思いは、それほどまでに女優にとって強いものなのであろう。

 しかるに、その願望をかなぐり棄てたスター女優がいる。ベティ・デイヴィスである。彼女は1930年代にアカデミー賞主演女優賞を二度受賞して、その年代で最も才能ある女優と評され、1950年の『イヴの総て』で演じたハリウッドに君臨する大御所女優は彼女自身の姿であるとまで言わしめた、輝くばかりのキャリアの持ち主なのである。

 その彼女が1962年の『何がジェーンに起ったか?』で演じたのは、スター女優が最も嫌がる役柄、即ち醜悪な老女である。しかも、作品そのものも身の毛がよだつような恐ろしいはなしだ。

 ベイビー・ジェーンは子役のスターとして舞台に立ち一世を風靡していた。ところが、大人になると急激に人気は衰え、それとは対照的に、少女時代は彼女の影に隠れてまったく目立たなかった姉のブランチが一転、映画界で脚光を浴びスターとなった。そんな最中に、ブランチが邸宅の門前で車にひかれるという事故が起き、それは或る疑念を抱かせる。同乗していたジェーンが、人気を奪われた嫉妬から姉をひき殺そうとしたのではないか……。

 数十年後、ブランチ(ジョーン・クロフォード)は車椅子に頼る身となり、屋敷に引き籠って暮している。妹のジェーン(ベティ・デイヴィス)がその世話をしているのだが、事あるごとにブランチを口汚く罵るだけでなく、彼女に届いたファン・レターを隠したり、朝食の皿にネズミの死骸を載せて出し悲鳴をあげさせたりと、憎しみは少しも薄れてはいない。

 そんな或る日、生活費のためにブランチが屋敷を売ろうとしていることを知ったジェーンは、カムバックして再び舞台に立つことを思いつく。彼女は少女時代の栄光を取り戻そうと画策し始めるが、次第に夢と現実の区別がつかなくなり、事態は狂気の様相を呈して来る。身の危険を感じたブランチは、主治医に電話で助けを求めるが……。

 監督のロバート・アルドリッチはアクの強い人間を描くことで知られているが、ここでも、過去の名声に取り憑かれた人間の妄執を、観客にとことん突きつけてくる。

 同じテーマの作品としては、ビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』があるが、あちらの映画でカムバックを目論むスター女優を怪演したグロリア・スワンソンは、おぞましいのはあくまで内面だけで、外見は皺ひとつない綺麗さなのである。

 しかるにベティ・デイヴィスはというと、外見までも徹底して醜悪に演じ切っている。こんなスター女優はほかにはいない。この時彼女はまだ54歳だ。役者魂の権化とも言えるその演技は、背筋が寒くなるほど真に迫っている。