朝ドラ『あんぱん』で主人公のぶを演じる今田美桜(写真:西村尚己/アフロ)

 人気を集めているNHK連続テレビ小説『あんぱん』が、6月20日放送の第60回で敗戦した。言うまでもないが、1945(昭20)年8月15日のことである。

 1937年7月の日中戦争開戦は第27回だったから、計33回も戦時下と戦争の描写に費やされた。総放送回数は計130回と見込まれるので、約4分の1が割かれた。

 だが、長くはなかったのではないか。小松暢さんとやなせたかしさんをモデルとする朝田のぶ(今田美桜)と柳井嵩(北村匠海)が、「逆転しない正義」を実践するアンパンマンに辿り着くまでの物語なのだから。正義の逆転に2人が戸惑う敗戦までをつまびらかにしないと、物語の全体像がぼやけてしまう。

愉快でない描写の連続、それでも人気の理由

 これまでの物語は決して愉快ではなかった。それなのに人気なのはどうしてだろう。理由は第一に中園ミホ氏(65)による脚本が高度な方程式のように精巧だからだろう。

 たとえば1927(昭2)年の第4回にこんな場面があった。のぶ(幼少期・永瀬ゆずな)と嵩(同・木村優来)が8歳の小学生だったときである。

 転校生でおとなしい嵩は同級生の田川岩勇(幼少期・笹本旭、青年期以降・濱尾ノリタカ)や今野康太(同・中村羽叶、同・櫻井健人)からいじめられ、弁当を奪われた。

 嵩の代わりに反撃したのがのぶだ。しかし、岩勇を下駄でひっぱたいたところ、やり過ぎてしまい、ケガをさせる。母親の朝田羽多子(江口のりこ)と岩勇の家に謝りに行く羽目になった。その帰り道で羽多子はのぶにこう説く。

「乱暴はいかん。痛めつけた相手に恨みが残る。恨みは恨みしか生まんがよ」

 幼いのぶに聞かせるには難しい言葉とも思えたが、中園氏の真意は18年後の1945(昭20)年春の描写で分かる。

 第58回。嵩や康太らと日本陸軍の兵士として中国福建省での軍務に就いていた岩勇は、我が子のように可愛がっていた現地の少年・リン(渋谷そらじ)に銃で撃たれる。やがて絶命した。