
(放送コラムニスト:高堀冬彦)
ラジオの使い方をとってみても分かる脚本の巧みさ
朝ドラことNHK連続テレビ小説も60年以上放送されているから、優れた作品ばかりとは限らない。だが、放送中の『あんぱん』が逸作になるのはまず間違いない。
ストーリーに無駄がないから、進行がスピーディ。登場人物たちの日々の積み重ねが先の物語につながっているので、展開に無理が感じられない。人物造型にも深みがある。
脚本を書いているのは中園ミホ氏(65)。ドラマ界の栄誉である向田邦子賞と橋田賞のダブル受賞者である。その緻密で奥行きのある脚本を、演技派ばかりの出演陣が忠実に再現している。
5月8日放送の第29回では、石材店とパン屋を営むヒロイン・朝田のぶ(今田美桜)の家で、ある宴が開かれた。住み込みで働く若き石工・原豪(細田佳央太)の出征を祝う壮行会である。1937年のことだった。
その直前の第27回、朝田家のラジオは日本軍と中国軍が衝突した盧溝橋事件の戦況を伝えた。日中戦争の開戦である。
のぶら3姉妹の母親・羽多子(江口のりこ)は気重そうに言った。
「また支那と戦ですか」
これに答えたのは石材店主でのぶの祖父・朝田釜次(吉田鋼太郎)である。軽い口調でまるでひとごとだった。
「まぁ、すぐ片付くじゃろ」
1931年に始まり、日本軍(関東軍)が中国軍を破って2年で終結した満州事変が念頭にあったからだ。