戦時色強まる世相の中で一貫して戦争反対の態度を隠そうとしない屋村
壮行会では波乱もあった。近所の団子屋の主人・桂万平(小倉蒼蛙)が豪に向って「今度の戦もすぐに片付かぁよ」と軽口を叩いたところ、朝田家に住み込んでいるパン職人のヤムさんこと屋村草吉(阿部サダヲ)が噛み付いた。
「黙れ、団子屋! 勝とうが負けようが、兵隊は虫けらみたいに死ぬんだよ」(草吉)
寺の住職・天宝和尚(斎藤暁)が「やめい、めでたい席で」と制止したが、草吉は余計に怒る。
「敵と殺し合いに行くのに、どこがめでたいんだよ!」(草吉)
草吉は徹底した非戦主義者である。第28回では豪に対し、足の骨を砕くか、醤油を大量に飲み、兵役を逃れるように勧めた。
「逃げて、逃げて、逃げまわるんだ。戦争なんて、いい奴から死んでいくんだからな」(草吉)
何気ないように見えた2人のやり取りの中にはあの時代の狂気の一面が表れていた。草吉の勧めに豪が耳を貸そうとせず、「お国のために立派に戦ってきます」と胸を張ると、草吉は「なんで、そんな澄んだ目をして言うんだよ」と頭を抱えた。
気づかぬうちに国家主義に冒されていた豪と自由人である草吉。その断絶が鮮やかに浮かび上がった。
草吉は全国を放浪していた謎多き男。口は悪いが、性根は優しい。第4回でのぶの父親・結太郎(加瀬亮)が急死し、第8回で釜次も大ケガを負って仕事ができなくなったので、羽多子があんぱんを売ろうとすると、草吉が手伝った。
のぶから頼まれた草吉は当初、「とりあえず1回だけだ」と渋々だったが、朝田家にもう10年もいる。
もとは東京にいたことが分かっている。第28回、あんぱん製造の元祖である木村屋をモデルとする美村屋に、柳井嵩(北村匠海)が出向くと、職人たちの集合写真の中に草吉の姿があった。
高知が舞台となる朝ドラは、佐川町出身で日本植物学の父と呼ばれた牧野富太郎博士をモデルとする主人公(神木隆之介)の生涯が描かれた『らんまん』(2023年度前期)以来、3作目。
「『らんまん』から『あんばん』までの期間が短い」。そう不思議がる声はNHK内にもあった。朝ドラの誘致は常にあちこちからあり、NHKはなるべく偏らないようにしているからだ。
それでも高知になったのは中園氏の意向が大きかったという。後免町(現・南国市)出身で「アンパンマン」を生んだやなせたかしさんと妻・小松暢さんをモデルとする物語を提案した。
嵩のモデルがやなせさんで、のぶは暢さんである。中園氏は幼いころ、やなせさんと文通していたが、それが理由ではなく、時事性もあったからだ。
構想が固まったのは約2年前。その前からロシアのウクライナ侵攻が始まっており、さらにイスラエルによるパレスチナ、レバノンへの侵攻などもあった。