しかし、釜次の読みは大幅に狂う。日中戦争は第2次世界大戦が終わる1945年まで8年間続き、泥沼化した。豪に召集令状が届いたのはこの開戦直後である。

 日中戦争の勃発を伝えたラジオが朝田家にやってきたのは第13回、1935年のことだった。第11回におけるパン食い競走で、柳井千尋(中沢元紀)に1等賞品として贈られたものが譲られた。

 最初にラジオから流れてきた番組は1年後に控えたドイツのベルリン五輪(1936年)の日本国内選考だった。平和の祭典の予選である。それが瞬く間に軍靴の音が聞こえてくるようになってしまう。ラジオの使い方1つ取っても脚本の巧みさが分かる。

名優が集結する理由

 俳優陣の演技も巧み。第27回、吉田が演じる釜次は豪への召集令状を知ると、口を半開きにしたまま、顔を引きつらせ、目は宙を泳いだ。釜次は豪のことを我が子のように可愛がっている。もう他人事では済まされない。

ヒロインの祖父・浅田釜次を演じている吉田鋼太郎(写真:共同通信社)

 豪本人は相好を崩していたものの、一目でつくり笑顔と分かった。目には憂いが浮かんでいた。若き名優の誉れ高い細田佳央太の演技が光った。

「『あんぱん』は名優ぞろいで恵まれている」という声を聞くことがあるが、名優が集まるのも中園氏とスタッフの実力のうち。制作費はどの朝ドラも変わらない。

 俳優たちは脚本家やスタッフを見て、オファーを受けるかどうかを決める。たとえば吉田の中園作品への出演は朝ドラ『花子とアン』(2014年度前期)以来4度目である。2人の信頼関係は厚い。