存在しない問題を争点にしているトランプ政権
──トランプ大統領は「Make America Great Again」と叫んでいますが、トランプ政権の政策はアメリカ経済を強くすると思いますか?
ノラーイン:トランプ政権のやり方は全く成功しないと思います。トランプ大統領は、60年代、70年代の、アメリカがあらゆる分野の製造業で世界的に大きな力を発揮していた時代へ戻ることを夢見ています。でも、アメリカの製造業は現在でも世界第2位の規模を誇り、世界の15~16%の商品はアメリカ製です。
一方で、1950年頃から今日に至るまで、製造業で働くアメリカ人の数は、人口あたり35%から7%まで落ちました。これは中国や他の国が台頭したからではなく、テクノロジーに取って代わられたからです。アメリカは今までよりもはるかに多くを生産していますが、少人数でそれを回せるようになったのです。
トランプ大統領が一生懸命解決しようとしている問題の多くは、そもそも問題ではありません。あるいは、国内政治の中で解消すべきテーマです。「ラストベルトの中西部の白人たちが仕事を失い衰退している」という話がよく語られますが、これはアメリカ国内の問題に過ぎません。
社会保障を改善し、仕事にあぶれている人に雇用の機会を提供し、教育費を下げて、人々がより社会に順応しやすい環境を整える。アメリカは他の国々が当たり前にやっているこうしたことをやらずに、貧困の人々を見捨てています。
また、貿易赤字がアメリカ経済を衰退させるという理屈もありますが、マネーの流れを考えた時に、貿易赤字だけで経済を考えるのはおかしいと思います。アメリカの財政の問題は、稼ぐ以上に使っているから足りなくなるのです。これもやはりアメリカの国内問題です。

──なぜアメリカ国民がその矛盾に気づかないのか疑問です。
ノラーイン:トランプ政権は「外国のせいでアメリカは損をして貧乏なのだ」というイデオロギーによって駆動しており、存在しない問題をテーマにしています。問題は、トランプ大統領は症状であって、原因ではないということです。トランプ大統領が失脚しても、彼に象徴される政治状況は残ります。
2020年にジョー・バイデン氏が大統領選で勝利したとき、同盟国は皆「ノーマルに戻った」と考えましたが、実際はそうならなかった。2024年にトランプ氏が再び大統領選で勝利すると「アメリカには何か本質的な問題があり、これはそのうち解決するものではない」と世界は気づき始めました。
トランプ氏は民衆の怒りを吸い上げて政治力に切り替えるユニークな能力を持っています。ただ、こうした怒りそのものは彼によって創り出されたものではなく、もともとアメリカの中にくすぶっていたものです。
アメリカは世界一豊かなはずなのに、およそ60%のアメリカ人はギリギリの生活をしている。これは、この上なくアンバランスな社会構造です。
トランプ大統領は状況をさらに悪化させるでしょう。そして、彼の関税政策はアメリカばかりではなく、世界中の経済に打撃を与えます。アメリカが不況になれば、世界経済がそこに引きずり込まれます。だからこそ、アメリカとどうつきあっていくか、世界中が考え直さなければなりません。
トランプ大統領は世界にアメリカのものをもっと買うようにうながしていますが、本当にアメリカで生産されたものが安くて良いものならば、頼まなくても世界中が買うはずです。
アメリカは他国に関税という銃口を突きつけてアメリカのものを買うように脅しています。一定の期間は戸惑いつつも各国は恐喝に屈するかもしれませんが、そんな状況は続きません。アメリカ経済は20年前と比べれば、世界経済に与えるインパクトは減っていますから。