インドは「対米依存シフト」で中国の脅威に対抗せざるを得ないか

 今回のラファール撃墜が事実なら、インドにとってはかなりのショックで、パキスタンやその背後に控える中国への危機感を相当に高めているはずだろう。

 インドは独立以来「非同盟」が国是で、戦闘機もイギリスやフランス、旧ソ連(ロシア)など複数の国から調達してきた。だが、ウクライナ戦争でロシアは損失分をカバーするため、戦闘機などの兵器輸出を削減。インドの戦闘機更新計画も大幅に狂ってしまっている。

 加えてインドにとって衝撃だったのが、2024年末にパキスタンが、中国から今回活躍したJ-10よりもさらに高性能のJ-35ステルス戦闘機40機を2年以内に導入するとの報が流れたことだろう。

中国のJ-35ステルス戦闘機。米製F-35に酷似した機体でパキスタンが導入を決定(写真:新華社/アフロ)

 実現すれば、パキスタンは南アジア初のステルス機保有国となる。逆にこの地域で軍事大国を自負するインドは、ステルス機で大きく後れを取り、国家安全保障上極めて憂慮すべき状況に置かれる。

 インドにとって現段階で調達が期待できるステルス機は、現実問題としてロシア製Su-57と米国製F-35の2種類しかない。ただし前者は、欧米シフトを強めるインドにとって逆行する行為となってしまう。またウクライナ戦争でロシアに物心両面で多大な支援を行う中国が、敵国のインドにロシアがSu-57の供与を許すとは考えにくい。

インドがパキスタンや中国のステルス機に対抗するには、現状で米国製F-35戦闘機しか選択肢はないが…(写真:米空軍ウェブサイトより)

 英ロイターなどは5月27日、インド国防省が国産ステルス機の本格開発にゴーサインを出したと報じた。だが、自力開発だけでは困難で時間もかかり、パキスタン・中国連合に対抗できないため、欧米の協力は必須だろう。

 こうなると選択肢はF-35となる。今年2月トランプ米大統領もインドへの同機売り込みに意欲的な発言を行っているが、一方でインドは高性能のロシア製S-400長距離地対空ミサイルを採用。これがF-35導入の足かせになる恐れがある。S-400の運用を通じて、ロシアがF-35の機密情報を盗む危険性があるからだ。

 このため米国側はS-400の運用を中止し、ロシアに返却しない限り同機の供与を認めず、対するインドは難色を示して交渉は平行線をたどるのではないかとも推測された。

 ところが、パキスタンへの中国製最新鋭ステルス機J-35供与とラファール撃墜のダブルパンチで状況は一変。インドも悠長に構えている場合ではなくなり、ディール好きのトランプ米大統領のご機嫌を取りつつ、かなりの譲歩をしてでもF-35の導入を優先せざるを得ない状況にあるのではなかろうか。

 高性能な米製AWACSの調達も喫緊の課題で、特に米国には最新鋭のE-7か、あるいは中古のE-3の獲得を模索していると思われる。

現在、世界最強のAWACSと呼ばれる米国製E-3(写真:米空軍ウェブサイトより)
E-3の後継として生産が始まったE-7(右)。KC-47空中給油機から給油を受ける(写真:米空軍ウェブサイトより)

 仮にこれらが現実になった場合、「米国製軍用機のインド」対「中国製軍用機のパキスタン」の戦いとなり、まさに「米中代理戦争」そのものとなる。

 インド空軍の深刻な脆弱さをさらけ出し、同国の対米依存を加速させつつある「PL-15ショック」。5月27日にはパキスタン南西部で学校バスが爆弾テロにあい、子供多数が死傷。パキスタンのシャリフ首相はインドの仕業だとして報復を示唆するなど、インドとパキスタンの対立は混迷の度合いをますます深めている。

【深川孝行(ふかがわ・たかゆき)】
昭和37(1962)年9月生まれ、東京下町生まれ、下町育ち。法政大学文学部地理学科卒業後、防衛関連雑誌編集記者を経て、ビジネス雑誌記者(運輸・物流、電機・通信、テーマパーク、エネルギー業界を担当)。副編集長を経験した後、防衛関連雑誌編集長、経済雑誌編集長などを歴任した後、フリーに。現在複数のWebマガジンで国際情勢、安全保障、軍事、エネルギー、物流関連の記事を執筆するほか、ミリタリー誌「丸」(潮書房光人新社)でも連載。2000年に日本大学生産工学部で国際法の非常勤講師。著書に『20世紀の戦争』(朝日ソノラマ/共著)、『データベース戦争の研究Ⅰ/Ⅱ』『湾岸戦争』(以上潮書房光人新社/共著)、『自衛隊のことがマンガで3時間でわかる本』(明日香出版)などがある。