ウクライナ戦争はロシアの当初の想定を超えて長期化し、戦場では消耗戦の様相が色濃くなっています。ロシアの戦い方の背景にある思想は何か、プーチン大統領はいったい何を考えているのか。ロシアの軍事・安全保障政策を専門とする東京大学先端科学技術研究センター准教授の小泉悠氏に、ドイツ出身で長年日本に暮らす著述家のマライ・メントライン氏が話を聞きました。特別ゲストとしてマライ氏の夫で軍事・歴史分野に詳しい神島大輔氏も対談に参加しました。4回に分けてお届けします。
※JBpressのYouTube番組「マライ・メントラインの世界はどうなる」での対談内容の一部を書き起こしたものです。詳細な全編はYouTubeでご覧ください(収録日:2025年11月5日)
ロシアの消耗戦思想
マライ・メントライン氏(以下、敬称略):戦争史に照らすと、ウクライナ戦争はどう位置付けられますか。
神島大輔氏(以下、敬称略):戦争史も踏まえて重要なのが「ナラティブ(物語)」だと思います。プーチンは「ロシアの誇りを取り戻す」などと本気で語っていますが、ロシアを巡るナラティブは欧米側からの視線とロシア内部とでは相当な差があるでしょう。ロシアはいったい、どのようなナラティブを描いているのでしょうか。
小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター准教授(以下、敬称略):ロシアの場合、国民統合の原理として一番強いのが「ナチスを倒した偉大な共同体」という物語だと思います。
マライ:ロシア史全体で見ると、近代以降の戦争で華々しく勝ったという記憶はそれほど多くないように思います。
ウクライナのゼレンスキー大統領(提供:Press Service Of The President Of Ukraine/AP/アフロ)
小泉:クリミア戦争や第1次世界大戦などでは苦しい末に勝てなかったり、あるいは負けていなくてもナポレオン戦争や独ソ戦などでは侵略されズタボロになりながらも最後には勝ったりというパターンが多いです。
1920年代のロシア人の軍事思想家スヴェーチンの消耗戦争理論に代表されるように、相手を一撃で倒す完璧な勝利など常に可能なわけではなく、ずりずりと消耗しながら、最後に耐えきった側が勝つという発想がロシアには根付いていると思います。現在の参謀総長ヴァレリー・ゲラシモフ氏も、スヴェーチンを評価する発言を度々しています。
マライ:今回のウクライナ戦争でも、ロシアは一撃での勝利を狙わず、消耗戦を仕掛けていくということですか。
神島:一発で決めたかったけれどできなかったから、結果として消耗戦を正当化しているようにも見えます。プーチン登場以降、軍改革によって西洋的な質の高い軍事戦略を目指したものの、結局うまくいかず、消耗戦型の体質が残っているようにも感じます。