日本に必要なのは減税よりも生産性向上

 SPDが率いたショルツ前政権から比較すると、Unionが率いるメルツ新政権は、ドイツ経済が抱える病理を正確に捉え、対処しようとしている。とはいえドイツの今の政治環境では、UnionとSPDを筆頭に、B90/Grünen、AfDの4党の力学が複雑に絡み合っているため、生産性改善のための改革が順調に進む展望は描きがたい。

 ドイツ経済に対しては、いわゆる債務ブレーキの緩和の道筋がついたため、硬直的な財政運営の改善が図られることへの期待が内外で膨らんでいる。特に老朽化が進んでいるインフラの更新が期待されるところだが、加えて欧州再軍備計画の下での財政基準の見直しもあり、軍事支出が増えることによる景気浮揚効果についても関心が高まっている。

 もっとも、ドイツの生産性の改善を阻む本質的な要因であるエネルギーコストと労働コストの問題は、ただでさえその改善に時間を要する構造的な性格を持つ。にもかかわらず、新政権を取り巻く政治環境は厳しいため、生産性改善ための改革は容易には進まない。ゆえに、ドイツ経済の停滞が順調に持ち直していく展望も描くことはできない。

 これは日本にとって他人事ではない。1%程度とされる潜在成長力を上回る2%超のインフレが定着して久しい日本だが、デマンドプルではないという不可解な理由から、需要の刺激を主張する声が一部にある。政治にも物価高騰を理由に消費減税を主張する声があるが、それは需要を刺激するため高インフレの長期化を招く悪手だ。

 ドイツを嘲笑するくらいなら、日本はその振りを見て我が振りを直す必要がある。日本に求められるのは、来たるべき超高齢化社会を見据えた生産性の向上であり、少なくとも需要の刺激ではない。バラマキの囁きは甘美だが、足元の金融市場では、グローバルに財政の持続可能性に対する疑義が高まっており、日本もまたその波に飲まれている。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。