東京・神奈川方面の「折り返し運転」は実現するか
強いて上野東京ラインの川口駅停車が実現した際のメリットが考えられるとしたら、川口駅にある折り返し線を活用できることだ。
前述したように、東北本線・高崎線は湘南新宿ラインと上野東京ラインの運行によって群馬県・栃木県から埼玉県・東京都・神奈川県を経て静岡県までカバーする長大な鉄道ネットワークとなった。
長大なネットワークは乗り換えなしで遠くまで行くことができるメリットはあるものの、例えば宇都宮や高崎などで輸送障害が起きると、その影響は静岡県にまで及んでしまう。そこで、川口駅での折り返し線を活用すれば、仮に川口駅以北で輸送障害が生じても川口駅まで列車を運行し、そこから東京・神奈川方面へと折り返す暫定的な措置を取ることもできる。
中距離電車の停車を要望していた当時の川口市は、そうした折り返し線を活用することで東北本線・高崎線・東海道本線の輸送障害を低減させることができるのであれば、上野東京ラインの川口駅停車は利用者全体が享受するメリットがあるとも主張していた。
ただし、現状で川口駅での折り返しは実施されておらず、折り返しの電車を運行するには線路だけではなく信号設備なども整備しなければならない。これらにも追加の費用が発生することを考えると、折り返し運転は机上のシミュレーションに過ぎず、実現性は乏しい。
そもそも上野東京ラインが川口駅に停車することになるのは、まだ10年以上も先の話だ。その時の社会情勢を予測することはできない。しかし、日本の総人口が減少していること、それ以上に現役世代の割合が低下して通勤・通学者による鉄道利用者数も大幅に減ることは容易に予測できる。また、今よりテレワーク・在宅ワークも進んでいることだろう。
上野東京ラインを川口駅に停車させるための総事業費は約431億円で、そのうち川口市はホーム設置や駅改良に伴った自由通路の整備費を負担する。これが川口発展の投資となるのか、それとも過剰な投資になってしまうのか。それは、今後の川口市が取り組むまちづくりで判断されることになる。
【小川 裕夫(おがわ・ひろお)】
フリーランスライター。1977年静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスのライター・カメラマンに転身。各誌で取材・執筆・撮影を担当するほか、「東洋経済オンライン」「デイリー新潮」「NEWSポストセブン」といったネットニュース媒体にも寄稿。また、官邸で実施される内閣総理大臣会見には、史上初のフリーランスカメラマンとして参加。取材テーマは、旧内務省や旧鉄道省、総務省・国土交通省などが所管する地方自治・都市計画・都市開発・鉄道など。著書に『鉄道がつなぐ昭和100年史』(ビジネス社)、『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『全国私鉄特急の旅』(平凡社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)、など。共著に『沿線格差』(SB新書)など多数。