時間との戦い、飛行中に治療行為も可能
ヘリによる患者の輸送は、都道府県の消防・防災ヘリや民間医療機関のヘリ、さらには海上保安庁、自衛隊などが担っています。ただ、それらのヘリには初期治療に必要な医療設備や医薬品が必ず搭載されているわけではなく、医師や看護師が同乗していないケースもあります。
これに対し、ドクターヘリには緊急時に欠かせない心電図モニターや気管挿管、気管切開、点滴などに必要な医療器具や医薬品が必ず搭載されています。さらに、医師と看護師が搭乗。「患者を医療機関に早く搬送する」という役割以上に、「医師と看護師を一刻も早く現場に送り込み、現場で患者の治療を開始する」という使命を帯びています。
飛行中に治療行為ができることが最大の特徴で、厚生労働省も「救急医療に必要な機器及び医薬品を装備したヘリコプターであって、救急医療の専門医及び看護師等が同乗し救急現場等に向かい、現場等から医療機関に搬送するまでの間、患者に救急医療を行うことのできる専用のヘリコプターのこと」と定義しています。

もう一つ大きな特徴は、運営主体です。
対馬沖で事故を起こした医療搬送用ヘリは、民間病院の運営でした。これに対し、ドクターヘリは2007年に成立した「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」(ドクターヘリ特措法)に基づく公的な存在であり、都道府県が運航しています。費用も都道府県が負担。国が補助する仕組みです。
また、特措法の定めに従い、ドクターヘリは高度医療を担う医療機関に配置しなければなりません。通常は、地域医療の中核を担う「基幹病院」にヘリポートを設けて配備。出動要請を受けると、医師(フライトドクター)や看護師(フライトナース)は直ちにヘリに飛び乗り、現場に急行する体制を整えています。
ただし、ドクターヘリの出動を要請できるのは、医療機関や救急隊などのみ。一般の患者や家族が直接、出動を依頼することはできません。
厚生労働省の2021年に作成した調査資料によると、医師が患者に接触して治療を開始するまでの所要時間(搬送距離40キロのケース)は、救急車の約80分に対し、ドクターヘリは約40分でした。ヘリの速度は時速約200キロ。一方、救急車の制限速度は一般道で80キロ、高速道路で100キロ。その差が、初期治療までの時間を2分の1に短縮する結果につながっていました。
救急医療は時間との闘いです。認定NPO法人・救急ヘリ病院ネットワークによると、ケガで大量出血した場合、30分以内に救命処置を施すことができれば救命率は50%ですが、1時間以上が経過すると、0%になるとされています。