アラブ諸国が失ったアメリカのイスラエル制御力への信頼

──ガンツ前国防相は戦時内閣の閣僚ポストを辞任しました。ネタニヤフの次の有力な首相候補です。

井上:彼はネタニヤフ首相を止める存在だったのに、戦線拡大論者になってしまっているように見えます。イスラエルは一般国民も含め、まだ非常に好戦的です。やがてもう少し状況が落ち着いてくれば、このまま続けていても何も変わらないと考えるようになると思います。

 2024年10月、イスラエルはイランの対空防衛網を破壊しました。少しずつイスラエル国民の気持ちも落ち着いてきて、より本質的なパレスチナ問題の解決に向き合うことを私は望みます。

 もう1つ考えなければならないことは、なぜハマスが、あのタイミング(2023年10月7日)で、イスラエルに越境奇襲攻撃をしたのかということです。

 1つには、第一次トランプ政権が進めたアブラハム合意(破綻した1993年のオスロ合意と1994年の第二オスロ合意に代わる、中東の和平および国交正常化の枠組み)があります。

 アメリカは、イランに対するアラブ諸国の安全保障をアメリカが確保する代わりに、アラブ首長国連邦、スーダン、モロッコなどアラブ諸国がイスラエルと国交正常化し、関係を改善するプロセスを進めました。このアブラハム合意には、サウジアラビアなど他のアラブ諸国にも参加を呼びかけています。

 ところが、パレスチナを外して話を進めたため、見捨てられることを恐れたハマスがイスラエルとアラブ諸国の関係を構築させないようにテロに出たのです。その結果、パレスチナ抜きにこういうことをしても、成功しないことをアラブ諸国も学びました。

 もう1つ、アラブ諸国が学んだことは、アメリカにはネタニヤフ首相を止める力はないということです。

 バイデン政権はイスラエルに攻撃をやめるようにと繰り返し説得を試みましたが、ネタニヤフ首相は言うことを聞きませんでした。それにもかかわらず、アメリカはイスラエルに武器支援を続けた。これを見たアラブ諸国はイスラエルへの不信を強めただけでなく、それ以上にアメリカのイスラエル制御力への信頼を失いました。