腐敗堕落したパレスチナ自治政府を立て直すには

井上:ガザ住民の多数はイスラエルの侵攻に対するハマスの武力抵抗を支持していますが、強権的なガザ統治組織としてのハマスを支持しているわけではありません。西岸とガザを統一するパレスチナ国家において、国政の在り方をめぐる対立は、国民の支持を求める政党間の民主的な政治的競争を通じて解決ができるようにする必要があります。

 このような二国家解決を明確に目標として設定することが、ガザ戦争を実効的に終結させる道にもなります。

 今のハマスを殲滅できたとしても、パレスチナ国家を認めず、ガザをイスラエルやアメリカが占領統治するなら、既に述べたように、第二、第三のハマスが叢生してゲリラ的抵抗を続けるでしょう。ガザ住民自身が受容しうるようなガザ戦後統治計画なしに、ガザ戦争の出口はありません。

 ただ、テロ組織としてのハマスを排除しても、西岸のパレスチナ自治政府に統治能力は期待できません。

 高齢化した指導者のマフムード・アッバース議長が無能な上に自治政府内にも腐敗がはびこっているとして、ガザ住民も含めパレスチナ人による支持はきわめて低い。今のパレスチナ自治政府にはテロ集団としてのハマスの復活を抑止してガザを統治する能力はないと見られています。

 最終的には、パレスチナ国家を実効的に統治できるようにパレスチナ自治政府を再編強化する必要がありますが、それには一定の時間を要するので、過渡的な措置として、アラブ諸国によるアラブ平和維持部隊にガザの治安維持と住民保護を暫定的に委ね、腐敗堕落したパレスチナ自治政府を立て直すのが妥当だと思います。

 パレスチナ国家設立をゴールに掲げた上での同じアラブ人による暫定統治なら、ガザ住民にとっても、イスラエルやアメリカの占領統治より望ましいだけでなく、これまでのハマスの恐怖政治的支配よりも望ましいでしょう。(続く)

井上達夫(いのうえ・たつお)
法哲学者
1954年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業後、東京大学助手、千葉大学助教授を経て、1991年東京大学大学院法学政治学研究科助教授、1995年より2020年3月まで同教授。現在、東京大学名誉教授。本書以外の主な著作に、『法という企て』(東京大学出版会、2003年、和辻哲郎文化賞受賞)、『現代の貧困――リベラリズムの日本社会論』(岩波現代文庫、2011年)、『世界正義論』(筑摩選書、2012年)、『自由の秩序――リベラリズムの法哲学講義』(岩波現代文庫、2017年)、『立憲主義という企て』(東京大学出版会、2019年)、『普遍の再生――リベラリズムの現代世界論』(岩波現代文庫、2019年)、『生ける世界の法と哲学――ある反時代的精神の履歴書』(信山社、2020年)、『増補新装版 共生の作法――会話としての正義』(勁草書房、2021年)、『増補新装版 他者への自由――公共性の哲学としてのリベラリズム』(勁草書房、2021年)など。

長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。