「イーロンはリスクが欲しいからリスクを欲するんです」
このあたりから、マスクは宇宙人のようなオーラを放つようになったのだろう。人類の火星移住をめざすのは故郷に帰りたいからではないか、人型ロボットを作ろうとするのは自分に似た存在が欲しいからではないかとまで思えたりするのだ。
服を脱いだらへそがなく、実は地球生まれでなかったと言われても、あまり驚かない気がする。

だが同時に、こういう子ども時代を過ごしてきたからこそ、すごく人間的になったのではないか、たくましいのに傷つきやすい男に成長し、壮大な探索の旅に出ると決めたのではないかとも感じられる。
マスクはおかしな側面を隠す情熱を宿すとともに、逆に、情熱を隠すおかしさも宿している。
大柄で、選手になるほどスポーツに打ち込んだことがない人にはよくあることなのだが、マスクも自分の体を持て余しているようなところがあり、使命を帯びたクマかと思う歩き方をする一方、ロボットに教えてもらったのかと思うようなジグを踊ることもある。
そして、人の意識という輝きをいつくしもう、宇宙を探索しよう、地球を守ろうなどと預言者の信念をもって語る。
私も、最初はロールプレイなのだろうと思った。『銀河ヒッチハイク・ガイド』にのめり込みすぎた男の子が部下を鼓舞しようとげきを飛ばしているのだろう、とりとめのない夢想をポッドキャストで語っているのだろうと思った。
だがだんだんと、この使命感は彼を突き動かす力の一部なのだと見方が変わった。ふつうのアントレプレナーは世界全体をどうとらえるのか、いわゆる世界観でさえなかなか得られないのに、彼は、宇宙観を確立していると言えるだろう。
生まれに育ち、さらには頭の配線具合から、冷淡になったり衝動的になったりすることもある。ふつうでは考えられないほどのリスクを平気で取ったりもする。ひたすら冷静に計算し、熱い情熱をもって突きすすむ。
「イーロンはリスクが欲しいからリスクを欲するんです」とペイパル創業期の同僚、ピーター・ティールは言う。「楽しんでいるのだと思いますよ。溺れてしまっているんじゃないかと思えるときもありますね」。(続く)
ウォルター・アイザックソン
1952年生まれ。ジャーナリスト、伝記作家。ハーバード大学を経て、オックスフォード大学にて学位を取得。米国『TIME』誌編集長、CNNのCEO、アスペン研究所CEOを歴任。主な著作に、世界的ベストセラーとなった『スティーブ・ジョブズ』(講談社)、ノーベル賞を受賞した科学者ジェニファー・ダウドナの伝記『コード・ブレーカー』、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(ともに文藝春秋)など。現在はトゥレーン大学教授。ニューオーリンズに妻とふたりで暮らす。
井口耕二(いのくち・こうじ)
翻訳者(出版・実務)
1959年生まれ。東京大学工学部を卒業後、米国オハイオ州立大学大学院修士課程を修了。大手石油会社を経て、98年に技術・実務翻訳者として独立。かつてはフィギュアスケートの選手(シングル、アイスダンス)で、現在は自転車ロードレースにはまっている。訳書に『イーロン・マスク』上下(文藝春秋、2023年)、『Breaking Twitter──イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』(ダイヤモンド社、2025年)、『スティーブ・ジョブズ』I、II(講談社、2011年)、『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』(日経BP社、2010年)、『PIXAR』(文響社、2019年)、『ジェフ・ベゾス』(日経BP社、2022年)など。著書に『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋 フリーランスが訳し、働き、食うための実務的アイデア』(講談社、2024年)などがある。