
第二次トランプ政権で新設された「政府効率化省(DOGE)」のトップとなり、その言動が世界中から注目を集める実業家のイーロン・マスク氏。テスラやスペースXなど複数のビジネスを推し進めるマスク氏には、時折「悪魔モード」と呼ばれる「シュラバ」が訪れる。マスク氏が引き起こすシュラバとは?
※この記事は、『イーロン・マスク』(文藝春秋)より一部抜粋・編集しました。
スターシップの「シュラバ」
「宇宙船をブースターの上に載せなければならない」
集まってくれた100人ほどの作業員にマスクはこう言った。場所は、米テキサス州ボカチカに3張りある格納庫型テントのひとつだ。
2021年7月のくそ暑い日で、スターシップの飛行許可をFAA(米連邦航空局)から取り付けることが急務だった。そのためには、ブースターと2段目の宇宙船を発射台で積み重ね、準備は整っていると示すのが一番いいとマスクは考えていた。
「そうすれば、規制当局もさすがに重い腰を上げるだろう。許可してやれよと世論の後押しがあるはずだ」
あまり意味はないがマスクらしい策だ。実際にスターシップが飛べるようになるのは、もう21カ月後、2023年の春なのだから。それでも、気が狂いそうな切迫感を生み出せれば、規制当局や作業員、さらには自分自身とみんなの尻に火を付けることができるのではないか――そう考えたのだ。
そのあと数時間、マスクは、手を振り回し、首を少しかしげて組み立てラインを歩き回った。ときおり立ち止まって、なにかをじっと観察する。だんだんと表情が暗くなり、立ち止まった姿からも物騒な雰囲気が漂うようになっていく。夜9時、海から満月が姿を現すと、マスクはますます憑かれたようになっていく。
これがなにを意味するのか、過去になんどか最後の審判モードに向かうマスクを見てきた私にはわかった。シュラバを命じたい、総員甲板昼夜兼行の突貫作業を命じたいというじりじりした想いが圧力を高めつつあるのだ。
盛大にやらかすケースだけで年に2、3回とよくあることだ。ネバダのバッテリー工場でも、フリーモントの自動車組み立て工場でも、自律運転の開発チームでもやったし、さらには、ツイッターを買収したあとの1カ月でもやる。盛大に揺さぶりをかけ、マスクの言葉を借りれば「クソを出し尽くす」のが目的である。