マスク氏の政治的言動に世界では反発が広がっている(写真:ロイター/アフロ)マスク氏の政治的言動に世界では反発が広がっている(写真:ロイター/アフロ)
目次

 第二次トランプ政権で新設された「政府効率化省(DOGE)」のトップとなり、その言動が世界中から注目を集める実業家のイーロン・マスク氏。世界の命運を握る彼の半生と行動原理が分かる「公式伝記」は2023年に世界同時発売され、翻訳書のエキスパートが選ぶ2023年のベストワンにも選出。ロングセラーとなっている。今回は、2022年にツイッター買収した際の模様について。

※この記事は、『イーロン・マスク』(文藝春秋)より一部抜粋・編集しました。

「くつろぐのは不得意なんですよ」

 2022年4月、すべてができすぎなほど順調だった。(中略)

 もともとマスクが資金を提供して立ち上げた4社の時価総額は次のようになっていた。

テスラ:1兆ドル
スペースX:1000億ドル
ザ・ボーリング・カンパニー:56億ドル
ニューラリンク:10億ドル

 間違いなく輝かしい1年になるはずだ──マスクが下手に手を出さなければ。だが手を出さずにいるなど、マスクにできるはずがない。

 勝ったのにやめられないビデオゲームマニア症をマスクが発症していることに、4月頭、腹心の幹部・シボン・ジリスが気づいた。

「ずっと戦争をしている必要はないのだけれど? それとも、戦争をしているときのほうが心が安らぐのかしら」

「私は基本設定がそっちだからね」

 まるでシミュレーションのゲームで勝ちそうになり、かえってどうしたらいいかわからなくなってしまった。そんな感じだったとジリスは言う。

「平穏な日が続くといらだつんです」

 同じく2022年4月、各社がどこまで来たのかという話を彼としたのだが、その際、マスクは、テスラが世界で一番価値のある会社になるとなぜ思ったのか、毎年1兆ドルの利益を上げられる会社になるとなぜ思ったのかを説明してくれた。だが、その声には喜びも満足もこもっていない。

「チップを持ってテーブルに戻りたいと思ってしまうんですよね。次のレベルのゲームがしたい、と。くつろぐのは不得意なんですよ」

 成功で不安になると、マスクは、波乱を創り出すことが多い。シュラバを宣言する、ジェットで飛び回る、必要もないのに非現実的な期日を切るなどだ。オートノミー・デイしかり、スターシップの積み上げしかり、ソーラールーフの設置しかり、車の生産地獄しかり。警報器のヒモを引っぱり、消火訓練を始める。

「ふつうなら、持っている会社のどれかで危機にできるなにかをみつけるんです」とマスクの弟・キンバルも言う。

 だが今回、マスクはそうしなかった。そのかわり、あまり後先を考えることなく、ツイッターを買うことにした。

高校時代のイーロン・マスク氏。暴力が日常の環境で、過酷な幼少期を送っていた(写真:Alamy/アフロ)高校時代のイーロン・マスク氏。暴力が日常の環境で、過酷な幼少期を送っていた(写真:Alamy/アフロ)