「むしろ書かざるを得ないという思いになった」

望月:性加害事件の場合、生々しい動画や写真のような事件当時の決定的な証拠がないと、日本の司法の中では刑事事件としてなかなか起訴できません。それでも現場の刑事は深く捜査する必要があると考え、令状まで取ったにもかかわらず、それが取り消された。

 ここはあの映画の肝であり、日本の司法と、その裏にあったのかもしれない政治的な背景を示唆しています。

 伊藤氏だけではなく、プロデューサーも編集担当者も、あの映画に関わった人々が皆、最後は合意してあの形で映画を出すことを決めた。どのような描き方を取りうるべきだったのか、国内外でさまざまな意見があると思いますが、ずっと事件取材をやってきた社会部の私からすると、もっと他にやりようがあったと思います。

──望月さんは長らく、伊藤氏の主張の正当性を報じてきただけに、伊藤氏の映画に許諾なし映像が含まれていたことを報じるのは葛藤があったのではありませんか?

望月:伊藤氏が女性の意識を変えてくれたことには今でも賛意を示していますが、その過程を描いたこの映画を通して、映像の中の人たちがどんな思いをしたのかを考えると、書きづらかったのではなく、むしろ書かざるをえないという思いになりました。

 西広弁護士の会見の扱いも、東京新聞が一番大きかったです。その時も、神原弁護士と師岡弁護士から抗議が会社に来ていたことは知っていました。しかし反論があるのであれば、抗議でなく取材に応じるべきでしょう。

 作品の責任を伴うのは監督です。代理人弁護士が何かを言うのではなく、監督自身が自分の言葉で説明するべきです。

※本件に関して伊藤詩織氏に取材を申し込んだところ、代理人を務める師岡康子弁護士から、取材を受けることはできないが、以下の声明を伊藤氏側の見解とするとの回答があった。

 

訴訟及び紛議調停取り下げに関する弁護団声明
訴訟及び紛議調停取り下げに関する弁護団声明
訴訟及び紛議調停取り下げに関する弁護団声明
訴訟及び紛議調停取り下げに関する弁護団声明

望月衣塑子(もちづき・いそこ)
ジャーナリスト
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などを担当し、事件を中心に取材する。経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅官房長官の会見に出席。質問を重ねる姿が注目される。そのときのことを記した著書『新聞記者』(角川新書)は映画の原案となり、日本アカデミー賞の主要3部門を受賞した。著書に『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』(以上、角川新書)、『自壊するメディア(共著)』(講談社+α新書)など多数。

長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。