「誰かの価値を上げてあげる」

 完成させるために必要だと考えるのは出演者やスタッフのみでなかった。

「やっぱり試合もお客さんがいて、たくさんの拍手に囲まれて、拍手が大きいとうれしかったりします。このショーも、僕たちが素晴らしい演目を披露するというのも大事な一つの要素なんですけど、会場に足を運んでくださった皆さんが心から楽しんでくれる、楽しんで、自然とボルテージが上がって一緒にこの会場で盛り上がってくれる。これでようやくアイスショーが素晴らしいもの、大成功という形になると僕は思っています」

 一連の話は、さまざまな挑戦を意味していた。

 新しい2つのプログラムも挑戦なら、過去に使用していたプログラムに取り組むこともそうだ。再び演じるにとどまらないからだ。会見終盤の質疑応答で宇野は言う。

「自分が過去に納得できなかった演目とか、もうちょっといい演目にしたかったなって思っていたものがたくさんあったんですけど、過去のプログラムをみつめなおして新しいものをつくって、自分が満足いくものにすればすべてが自分にとって自信を持って満足できる演目にできるんじゃないかなって思いました」

 現役の頃だって力を尽くして取り組んだプログラムであっても満足がいかなかったものを、満足いくものにする。それはたやすいことではない。

 皆でショーをつくりあげるにあたっても、求心力はやはり重要になる。当然、宇野がその任を担うことになる。それも挑戦だと言える。

 ただし、それを担えるだけの能力はこれまでもうかがわせてきた。同じリンクで練習するスケーターたちがしばしば語る中で示した信頼、敬意はその一つだ。好演技に惜しみなく拍手をおくる姿もその一つ。また、仲間を思い、率直に意見を発する姿勢も数えられるだろう。そしてともにつくりあげ、やり抜いたとき、仲間はきっと新たな地平に立てるはずだ。

 また、過去のプログラムを満足のいく形で新たにすれば、ショーのプロデューサーとしてという意味に加え、スケーターとしても宇野自身、階段をまた一つ上ることになる。プログラムを継承していくという点でも大きな意味を持つ。

 すでに練習は始まっていて、会見でも映像が流れた。進行役とのやりとりの中で実に8時間、練習していた日もあったことが明かされている。現役時代と変わらず、精神面、身体面双方で強靭であること、責任感の強さもショーを遂行するにあたっての武器となる。

 さらにこの日の会見では、現役時代の所属先であったトヨタ自動車の豊田章男会長からのアドバイスも。「今度からは自分じゃなく誰かのための仕事です。誰かの好感度を上げてあげる。誰かの価値を上げてあげる。それがアイスショーの座長の仕事だと思います。いろんな変化がありますが、今まで自分を高めることをやってきた昌磨だからこそ、誰かの価値を上げること、きっとできると思います」

 アイスショーは浅田真央や羽生結弦、高橋大輔が新機軸の公演をスタートさせ、ショーの世界に広がりをもたらしている。

 そこにどのような色を加えるか。

 今までと変わることなく率直に思いを語るその姿には、ただただ前を見据える強さがあった。