宥和政策

 チェコスロバキアは会議には出席を拒否され、ドイツ人が住んでいるという理由で、自国の領土を削ってドイツに与えることを大国に決められてしまったのである。トランプが、プーチンの求めているウクライナの領土割譲を認めれば、ミュンヘン会談と同じことになる。

 ミュンヘンでは、イタリアはドイツと同盟関係にあったので、ムッソリーニはヒトラーの肩を持つ。

 フランスは、ドイツと隣接しており、ヒトラーの侵略を恐れている。第一次世界大戦後のフランスの最大の関心事は、対独安全保障であり、ドイツ封じ込めである。そこで、ドイツ包囲網を形成するために、フランスは、1924年1月にチェコスロバキアと、1935年5月に仏ソ相互援助条約を締結した。

 しかし、ダラディエは、ヒトラーの強硬姿勢とチェンバレンの譲歩を前にして、チェコスロバキアの領土を守らなかったのである。これで、チェコスロバキアはフランスを同盟の相手とは見なさなくなった。軍事的には35個師団を失ったことになる。ガムラン将軍やレイノー司法大臣は、ダラディエに「どこから新たに35個師団を調達するのですか」と疑問を呈した。

1938年9月29日、ドイツ・ミュンヘンにある総統官邸で行われた四カ国協議を終えて去るドイツ陸軍元帥ゲーリングとフランス首相ダラディエ(写真:AP/アフロ)

 チェコスロバキアがフランスに見捨てられたのを見ていたスターリンは、フランスはソ連を助けにはこないだろうと醒めた判断を下したのである。それが、1939年8月の独ソ不可侵条約、そして独ソによるポーランド分割へとつながったのである。

 トランプが、プーチンの主張に賛成して、ウクライナ支援をやめ、ロシア人が住んでいるという理由で東部などの領土の割譲を認めれば、イギリスやフランスがヒトラーに譲歩した構図と同じになる。