(英エコノミスト誌 2025年3月1日号)
住宅価格の高騰が貧富の差を拡大している(Paul BrennanによるPixabayからの画像)
財産の増加はベビーブーム世代の遺産の増加を意味する。資本主義と社会にとって危険な現象だ。
一生懸命働くんだ、そうすれば成功するよ――。子供にはそんな言葉がかけられる。
ここ数十年は、このアドバイスが才能豊かな子供にも勤勉な子供にも役立った。多くの人が自らの力量で財をなし、相続した遺産の額に関係なく不自由なく暮らしている。
しかし、ここに来て、豊かな国々では親の代から引き継ぐ財産の重要性が高まっている。
これは由々しき問題だ。
先進国で今年だけで6兆ドルの相続
先進国では今年、6兆ドル前後が相続されると見られている。これは国内総生産(GDP)の約10%に相当する額であり、20世紀半ばの主要先進国の平均値(約5%)より高い。
フランスではこの対GDP比が1960年代に比べて2倍、ドイツでは1970年代に比べて3倍近くに上昇している。
若者が住宅を購入して比較的不自由なく暮らせるか否かは、職業上の成功とほぼ同じくらい遺産の有無や規模によって決まる。
この変化は経済と社会の両方に憂慮すべき結果をもたらす。能力主義の理想だけでなく、資本主義そのものを危うくするからだ。
相続ブームは、これまでよりも裕福で高齢化の進んだ社会の反映でもある。
経済全体が豊かになったことから、労働者1人当たりの資本の蓄積も進んだ。この資本は誰かが必ず所有する。
ところが経済成長のペースが鈍る傍らで住宅市場が上昇相場に入ったことにより、毎年の所得に対する資産の比率が急上昇した。
財産の急増と長引く景気低迷の組み合わせが最もはっきり見て取れる場所と言えば、生産性が伸び悩んでいる欧州だ。
財産の増加は、ベビーブーム世代が次の世代に渡す遺産が増えることを意味する。
そして、個人の資産額のばらつきは所得のそれよりもはるかに大きく不平等なため、能力主義(meritocracy)ならぬ、新しい「遺産主義(inheritocracy)」が誕生しつつある。
代々繰り返された富の盛衰
その様子は超富裕層の浮き沈みに見ることができる。
20世紀の大半の時期において、巨額の財産はよく投資の失敗や戦争、インフレによって解体された。
ある試算によれば、もし1900年に米国の裕福な家庭が財産を株式でパッシブ運用し、財産の2%を毎年取り崩して使い、かつ普通に見られる人数の子供を育てていたら、今日の米国には代々お金持ちのビリオネア(10億ドル以上の資産を保有する人)がおよそ1万6000人存在していた。
実際には、ビリオネアは1000人もいないし、その大多数は独力で成功した人々だ。
しかし、このトレンドがひっくり返されつつある。
ひょっとしたらそれは、ビリオネアが財産を積み上げているだけでなく、その財産を維持する腕前も上げたからかもしれない。
大手銀行UBSによると、2023年に相続によって誕生したビリオネアの数は53人で、自力でビリオネアになった84人とそれほど大きな差はなかった。
これは財産をインデックス・ファンドに預けておくことが容易なためかもしれないし、財産管理・運用の原則の理解が進んだためかもしれない。
さらに、ありがたいことに相続税を減税してきた政府も多い。