訪米したインドのナレンドラ・モディ首相との会談を終えたイーロン・マスク氏(2月13日、写真:ロイター/アフロ)

米国の人権監視NGOが活動停止

 ご本人はその気はないのだろうが、「敵に塩を送る」とはこういうことだ。

 米国のドナルド・トランプ大統領が、対外援助を90日間停止し精査する大統領令を出したことで、中国や北朝鮮での人権弾圧状況をモニターしてきた数十に上る非政府組織(NGO)で業務の継続が不可能になってしまった。

nknews.org/north-korea-rights-groups-fear-their-collapse-after-musk-pushes-us-funding-cuts/

 かつては、中国から「米中央情報局(CIA)の回し者」と目の敵にされてきた「National Endowment for Democracy」(NED、全米民主主義基金、1983年設立)などは、職員が全員解雇されてしまった。

 ハマス・イスラエル戦争に次いでウクライナ戦争を終わらせ、その次は北朝鮮の「ミサイル遊び」「核実験」を止めさせようというトランプ氏の「大風呂敷外交」。

 金正恩朝鮮労働党総書記とは「いい関係にある」という自己過信があるのか、直接対話に意欲を燃やしている。

 とはいえ、手持ちの駒がなければ、ディール(取引)はできない。

 北朝鮮には関税恫喝は通用しないが、経済制裁を緩める手と、核弾頭搭載の爆撃機や艦船による脅しはできる。

 さらに、北朝鮮の自国民に対する人権抑圧、政治犯の拘束・拷問・処刑、さらには日本人拉致・拘束などの犯罪を糾弾する手段は、取引材料になる(もっとも独裁政権に通用するか疑問ではある)。

Human rights in North Korea Amnesty International

ほくそ笑む人権抑圧者、習近平と金正恩

 その実態を監視する重要な役割を演じてきたのが、NEDなどのNGOだった。

 それがマスク氏の無駄使い一掃作戦のあおりを受けて抹殺されてしまったのだ。

 まさに「坊主憎けりゃ袈裟まで」だ。NED関係者の一人はこう憤りをぶちまけている。

「億万長者イーロン・マスク(「連邦政府効率化省=Department of Federal Government Efficiency」のトップ)に唆されて、トランプ氏が連邦政府機関の予算削減や一部閉鎖を断行したことで、金正恩という敵に塩を送ってしまった」

National Endowment for Democracy - Wikipedia

 マスク氏の独断専行政策は、対北朝鮮人権抑圧糾弾活動だけではなく、対中人権抑圧糾弾活動も直撃している。

 国際人権団体(Human Rights Watch=HRW、ヒューマン・ライツ・ウォッチ)の中国担当副ディレクター、マヤ・ワン氏はこう指摘する。

「多くのNGOが不意を突かれた」

「米中両国が軍事、経済、政治面で激しい鍔迫り合いを演じている以上、トランプ政権はたとえ資金の提供を減らしても中国関連プログラムだけは継続すると考えていたからだ」

「ところが無差別の資金ストップだった」

「米国が人権を守るという理念の下で提供してきた資金が止まることは、世界中の市民社会にとって極めて大きな打撃になる」

 同じ国際人権団体の「Freedom House」(フリーダムハウス)は、台北の研究者が運営する「中国反体制モニター」プロジェクトの全面停止に追い込まれた。