野中郁次郎が最晩年の著作で語っていたこと

 プラトンから2000年以上の時を経て批判哲学を展開したカントは、三批判書の『純粋理性批判』において「真」を、『実践理性批判』で「善」を、そして『判断力批判』で「美」について論じました。カントの哲学においては、「真・善・美」はそれぞれ理性の異なる領域の働きでありながらも、最終的には統一されるべきものとされています。

 これを改めてビジネスの視点で見てみると、「真」は論理的・科学的なビジネス判断ができるか、「善」は倫理的・道徳的なビジネス判断ができるか、「美」はビジネスを行う上での美意識や美学を持っているかを意味していることが分かります。

 ですから、もしこうした基本的なことさえ考えずに、儲かるか儲からないかの損得勘定だけで論理的なビジネスをやっているのだとすれば、そのようなビジネスパーソンは、早晩、AI(人工知能)に取って代わられてしまうことになります。

 つまり、そのような人は、近未来に予想される自立型AGI(汎用人工知能)が登場するまでの、「つなぎ」的な存在に過ぎないということになってしまいます。

 知識経営の生みの親である経営学者の野中郁次郎は、最晩年の著作『二項動態経営 共通善に向かう集合知創造』の冒頭で、次のように語っています。

「経営とは何か、と聞かれたら、迷わず『生き方(a way of life)』だと答えるだろう。経営は、人間の営為そのものであり、そこに関わる人間の生き方が色濃く投影される。壮大な共通善の実現に向かって、目の前の動く現場・現実・現物の流れのなかで、文脈に応じて時空間を共創し、新たな意味や価値を生成する、人間たちのダイナミックで社会的なプロセスが経営である」

 ここで言う「二項動態」(dynamic duality)とは、対立する二つの要素を「あれかこれか」の「二項対立」(dichotomy)で捉えるのではなく、「あれもこれも」と両立させ、動的に統合することで新たな価値を生み出す概念です。

 つまり、物事を単純に対立構造で捉えるのではなく、対立する要素同士が相互に作用し合い、共存・共栄する関係性を築くことを意味しています。

 例えば、企業経営における「安定性」と「変革性」、「トップダウン」と「ボトムアップ」など、一見対立する要素を両立させることで、組織の持続的な成長やイノベーションを促すという具合です。