
知識経営の世界的権威・野中郁次郎氏が逝去された。日本を代表する6名の研究者(戸部良一氏、寺本義也氏、鎌田伸一氏、杉之尾孝生氏、村井友秀氏、野中郁次郎氏)により日本の組織の欠陥があぶり出された1冊で、多くの経営者が座右の書として挙げる『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中央公論新社)について、ビジネス書の目利きである荒木博行氏が解説した記事を改めてお届けする。
成長企業と凡庸な企業を分ける分水嶺の正体

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私は以前、過去のビジネス上の失敗事例を調査して図鑑形式にまとめた『世界「倒産」図鑑』『世界「失敗」製品図鑑』という書籍を執筆した。
そこで改めて認識したことがある。それは、成長する企業というのは、失敗の取り扱い方が上手いということだ。
たとえば、トヨタは1960年代に「パブリカ」という大衆車を開発するが、鳴物入りのこの新車は、原価割れする程度の販売しか実現できなかった。当時のトヨタにとって、経営を揺るがす大きな痛手となったはずだ。
しかし、トヨタの凄さはその先にある。パブリカのモデルチェンジ車を出すのではなく、この事態をすぐさま総括し、大胆にも1年後に新たな車種の検討にすぐに入ったのだ。その素早い総括とアクションは、次の新車種、つまり販売台数世界一の車種となる「カローラ」へとつながった。
パブリカだけを見れば、失敗と言ってもいいかもしれない。しかし、一つの車種がうまくいかなかったことはトヨタにとってはどうだっていいのだ。長期的な視点で見て、その経験が成功の糧になるのであれば。
もちろん、このような姿勢を持つのはトヨタだけではない。GAFAを初め、多くの成長企業は、大きな失敗を大きな飛躍の材料に転換している。この失敗との向き合い方に、成長企業と凡庸な企業を分ける大きな分水嶺があるのだ。
では、その分水嶺の正体とは一体何なのだろうか?
もしその問いを真剣に考えるならば、『失敗の本質』ほど最適な材料はないだろう。この書籍は、日本軍の失敗を分析し、なぜ日本が戦争に負けたのか、という問いに真正面から向き合った本だ。題材は戦争モノであるが、今日的な組織にも適応できる示唆に溢れている。いや、戦争という人の生命を賭けた究極の極限状態だからこそ、真の人間の行動原理が垣間見えると言っても過言ではないだろう。
『失敗の本質』に印象的な一節がある。ミッドウェーの敗戦後に日本軍が何をしたか。作戦担当の黒島参謀が振り返った言葉だ。