『ビジョナリー・カンパニー』『マネジメント』『競争の戦略』など、ビジネスリーダーたちが「座右の書」とするビジネス書の名著・古典は多数存在するが、あなたは何冊読んだことがあるだろうか。本連載では、『見るだけでわかるビジネス書図鑑』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者で、ビジネス書の目利きである荒木博行氏が、多くのビジネスパーソンに読み継がれる名著を厳選。多忙な読者が名著のエッセンスを素早くつかめるよう、ツボを押さえた解説とイラストで毎回1冊紹介する。変化が激しく、不透明な時代でも、名著を通じ、ビジネスの「定石」を知ることは、あなたの仕事にきっと役立つはずだ。

 連載第3回は、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏とハーバード大学経営大学院教授の竹内弘高氏が著した名著『知識創造企業』(東洋経済新報社)を取り上げる。

<連載ラインアップ>
第1回 『イノベーションのジレンマ』で考える、顧客の声は「救い」か「呪い」か
第2回 『失敗の本質』に学ぶ、「組織の病」が企業にとって命取りになる本当の理由
■第3回 『知識創造企業』に学ぶ、組織に絶え間なくイノベーションを起こすには? (本稿)


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思考の断片が、他者の思考を刺激する

『知識創造企業(新装版)』(野中郁次郎、竹内 弘高 著、梅本勝博 訳、東洋経済新報社)、原書は1995年にアメリカで出版され、1996年に邦訳が刊行された。新装版は2020年刊。
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 先日、とあるスタートアップ企業において、中長期的な戦略方針を議論する会議に参加していた時のことだ。  
 
 アイデアが行き詰まったタイミングで、とある参加者があまり自信がない表情で「実は先日クライアントに見せた資料なんですが・・・」と言いながら、資料を投影し始めた。そして、この文脈とどう接続するか本人もわからないままに、吶々(とつとつ)とクライアントとの対話を再現し始めた。

 会議に参加していた私は、しばらくその文脈の欠如した話に耳を澄ませていたが、やがてその資料の中にあった1枚の図が、私の思考を刺激することになった。何気ない1枚の図。それが過去の私の中に眠っていた経験と結びつき、脳内で新たな概念のひらめきが生まれた。

「ちょっといいですか?」

 そのひらめきを得て、その場で提案した私の思考の断片は、さらに別の人の思考を刺激した。そして、結果的にそれらの断片同士がつなぎ合わさって、新たな「戦略方針」の種が生まれたのだった。

 このきっかけを作ったのは、参加者の資料であったが、当然この結果を見越して提示したものではない。とりあえず停滞した場に何か曖昧なものを放り込む、というニュアンスだったのだろう。しかし、それが組織の思考のうねりを生み出したのだ。

 このようなことは、あなたの組織にもあるだろう。誰かの思考の断片が刺激となり、組織全体が思いがけないアイデアを生み出していくことが。

 こういった組織的で動的な知の創出プロセスを構造的に語ったのが、名著として名高い『知識創造企業』である。

 出版されたのは1995年。まだ日本企業が国際競争力を誇っていた時代において、「日本企業の絶え間ないイノベーションはなぜうまくいったのか」を説明する目的もあった。

 日本企業はその後「失われた30年」と呼ばれる厳しい時代に突入していくわけだが、いまなお本書で示された知識の創造プロセスについては色褪せていない。

 では、本書について、特にその中心となるコンセプトである「SECI(セキ)モデル※1」について紹介しよう。

※1 ちなみに、本書内には「SECIモデル」という言葉は使われてはいない。「4つの知識変換モード」と呼ばれているだけである。「SECIモデル」というネーミングが与えられたのは本書出版後のことだ。