株式会社電通総研 上席執行役員 X(クロス)イノベーション本部長 幸坂 知樹氏(写真左)
Xイノベーション本部 テクノロジー&イノベーションユニット AIトランスフォーメーションセンター 部長 深谷 勇次氏(写真右)

 国内電通グループ約150社で構成されるdentsu Japanでは、独自のAI戦略を新ビジョン「AI For Growth」として掲げている。顧客企業の広告・マーケティング領域のみならず、トランスフォーメーション(事業変革、DX)の領域においてもAI活用を推進している。このトランスフォーメーション領域で、事業変革に関するAI活用をリードしているのが電通総研だ。これまでの取り組みと成果、dentsu JapanとしてのAIビジネスの展望などについて、Japan Innovation Review編集長 瀬木友和が電通総研の2人のキーパーソンに話を伺った。

AIがもたらすビジネス変革のシナリオを描くことが重要

――dentsu Japanでは独自のAI戦略を、新ビジョン「AI For Growth」として掲げ、そのビジョンのもと「3つのレイヤーで、8つの領域の取り組みに注力する」と明言しています。dentsu Japanのグループ企業である電通総研においてはそのもとで、どのような活動を展開しているのでしょうか。

幸坂知樹氏(以下敬称略) dentsu Japanとしての「AI For Growth」とは、AIを活用し、人間の知と掛け合わせて、顧客企業の成長や社会の進化に貢献していくというのが基本的な考え方です。

 8つの領域にはマーケティング支援やトランスフォーメーション支援、AI人材育成、AIガバナンス整備などがありますが、電通総研としても、それらの取り組みと足並みをそろえて活動を展開しています。

dentsu Japanが新ビジョン「AI For Growth」の下で取り組む3レイヤー、8領域
※出所:https://www.dentsu.co.jp/news/release/2024/0805-010762.html
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 電通総研は、上記図内②のトランスフォーメーション支援を中心に、エンタープライズ企業のシステムソリューションを支援領域としています。その中で、AIを活用して、顧客企業の課題解決につなげていきたいと考えています。

 ただし、世の中で言われているほど、短期間のうちにAI活用による業務変革が容易に起こるとは思っていません。今のAIは黎明期の技術に過ぎず、それ単独で業務が改善することは考えにくいためです。

 まずは、対話型生成AIが特定の作業を効率化するところから始まり、次に、数多くのAIエージェントが登場し、それらが組み合わさって業務アプリケーションとなり、業務効率化が進み、さらにその先に、あるいは全く違う形で既存のビジネスを破壊するようなトランスフォーメーションが現れる。

 そうしたストーリー、シナリオを意識しながら、顧客企業の課題解決に向けたソリューションの提供と共に、我々自身もAIを活用した新しい付加価値の提供を、並行して行っていきます。

――AI事業の中核を担う「X(クロス)イノベーション本部AIトランスフォーメーションセンター」ですが、その役割・機能について教えてください。

幸坂 Xイノベーション本部は、先端技術領域のCoE(センター・オブ・エクセレンス)として、AIをはじめ、クラウド、UI/UX、メタバースなどの技術チーム中心に構成されています。

 金融業や製造業などの顧客に向き合う事業部門を、全社横断で支援していくことが主なミッションであり、その技術チームの1つであるAIトランスフォーメーションセンターは、2020年に発足したAI特化の専任組織となります。

 AIトランスフォーメーションセンターでは、現在約30人のスペシャリストを擁し、AI領域における研究開発、ソリューション開発、顧客企業案件の支援などを行っています。

ソリューション提供だけでなくAI人材育成も支援

――金融、製造、エネルギー、製薬、そして自治体など、セキュアで精緻な環境が求められる多様な領域において、業務特性に応じたAIソリューションの開発や適用支援を行い、既に100を超えるAIプロジェクトの推進実績を有しているそうですが、具体的なソリューションと事例をご紹介いただけますか。

深谷勇次氏(以下敬称略) 多くの企業が、ChatGPTを社内で利用するための環境構築を検討されていますが、個人情報や機密情報がモデルの再学習に使用され、外部に漏えいしてしまうリスクがあるため、二の足を踏む企業が多いのも事実です。

 エンタープライズ企業の顧客企業が安心・安全に生成AIを業務に活用していただくためのプラットフォームとして「Know Narrator(ノウナレーター)」という生成AIソリューションがあります。

 Know Narratorには4つのソリューションがあります。「Know Narrator Chat with Vision」は、顧客企業専用の環境で運用できるChatGPTによる対話型生成AIソリューションで、調査、リサーチ、ブレスト、アイデア出し、報告書・議事録などの文書要約、文書の添削・校正などに活用できます。

「Know Narrator」の4つのソリューション
※出所:電通総研
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 他にも、機密情報を含めた社内文書を参照し、回答文を生成するエンタープライズRAGソリューションの「Know Narrator Search」や、生成AIの活用履歴を分析し、社内での活用状況を把握するのはもちろん、業務効率化などに資する知見を抽出する「Know Narrator Insight」、Know Narrator Chat、Know Narrator Searchの機能を標準的なWeb APIの形式で他システムと連携を可能にする「Know Narrator API」などがあります。

 Know Narratorシリーズは、累計70箇所以上の導入実績があります。例えば、大手製薬会社様では、技術伝承や営業活動支援、社内業務の効率化等、様々な目的でKnow Narratorシリーズを利用いただいています。

 ユースケースについては、まだまだこれからというのが正直なところです。まずは“習うより慣れろ”で展開し、全社員が毎日使ってみることで、生産性と創造性、ITリテラシーの向上を目指す顧客企業もいらっしゃいます。

 また、Know Narratorをベースとした自治体様向けのSaaS型ソリューション「minnect AIアシスト」も提供しており、30を超える自治体での利用実績があります。

※「Know Narrator」の活用事例はこちら(株式会社INPEX小野薬品工業株式会社

――ソリューション提供にとどまらず、AI/データ活用人材の育成も支援していますね。

深谷 「HUMABUILD(ヒューマビルド)」という実践的AI/データ活用人材育成サービスは、多くの顧客企業からお問い合わせいただいています。

 AI/データ活用は多くの企業の課題です。専門人財を十分に採用できておらず、社内で育成するにせよ、どう育てていけばいいのか分からないといった声も聞こえてきます。その中で、我々はこれまで何100というAI/データ活用プロジェクトで培った経験とノウハウを踏まえて、支援させていただいています。

 空調大手のダイキン工業さんがAI人材の育成を目的とした教育プログラム「ダイキン情報技術大学」を立ち上げた際も、初期段階から業務プロセス改革に向けた実行までをご支援しました。

 例えば、ディープラーニング講座だけをやっても、すぐ業務に活かすことは難しいでしょう。知識は必要ですが、それだけでは不十分で、顧客企業の実課題に基づいて学んだことを実行し、結果を分析し、次に活かして行くということが重要です。HUMABUILDではPBL(Project Based Learning)を通して実践力を身に付けることを最大の特徴としています。

現場の要求を他社よりも深く理解していることが強み

――AI/データ活用支援においては、コンサルティングやITベンダーなどの参入が相次ぎ、激しい競争が展開されていますが、改めて電通総研の強み、dentsu Japanとしての優位性は何だとお考えですか。

幸坂 同じ技術を、同じタイミングで皆が使い始めるという意味では、技術面においてあまり大きな差はないと思っています。

 そうした中でも、我々としては業界領域に特化した知見や知識があることを強みとして、それをAIをはじめとした先端技術と組み合わせていくことが最大の優位性だと言えます。

 電通総研は製造、金融、サービスの各業界に顧客企業がおり、システムインテグレーションの世界では、ITインフラというよりもソフトウエアサービスの領域を主戦場にビジネスを展開してきました。

 顧客企業の成長のためには、業務システムや業務サービスが革新されていくことが重要であり、我々はそこにAIを適用していくことで、競争力の向上につなげることが可能だと考えています。

 dentsu Japanの視点では、マーケティングや広告領域での圧倒的な差別化、サービス力をもって、システムだけでなく、計画立案から実行までをスピーディーに支援できることが大きな強みです。

深谷 大手ITサービス企業がコミュニケーションするのは顧客企業の情報システム部門です。

 一方、当社の営業は顧客企業の現場担当者と直接会話をするケースが多く、現場の要求を競合他社よりも把握しているという自負があります。

 特に製造、金融といった強みのある業界においては、顧客企業の課題をより深く理解していることから、ハイレベルな要求をご依頼いただくケースも数多くあります。

――企業が生成AI活用に成功するためのポイントがありましたら教えてください。

幸坂 企業の中での活用は、案ずるまでもなく、自ずと広がっていくと思います。

 生成AIは、まずユーザーインターフェース(UI)に変革をもたらします。今までは全て文字を打ち込まなければいけなかったのが、ボイスコマンドで済むようになったり、自分のエージェントが様々な業務システムを使って、作業を代行し、業務を効率化してくれたりするような世界は、すぐそこまでやって来ています。

 ただし、コンシューマー向けのサービスに生成AIを活用することについては、全く異なる課題があり、LLM(Large Language Models)を定額制で使えるようなプロバイダーが現れないと、サービスは広がっていかないでしょう。

――今後のビジネス展望について伺います。dentsu Japanとして実現したいことや、個人的にチャレンジしたいことがありましたら併せてお聞かせください。

深谷 「AI For Growth」は、“人間の知”と“AIの知”を掛け合わせるということを掲げた戦略ビジョンです。テック企業がつくったAIを単に使うだけではなく、dentsu Japanとしてのノウハウや、電通総研としての強みを掛け合わせて、より優れたAIをベースとしたソリューションを提供していきたい。

幸坂 dentsu Japanの中でも、各組織でAIに携わるメンバーは、早いタイミングから横のつながりを築いてきました。

 今までは、電通総研単独での価値創出が中心でしたが、今後はグループとして、共通性や役割分担をより明確にしながら、連携を深めていく場面も増えていくことでしょう。そのことがグループとしての競争力強化にもつながっていくし、その方向で既に動いていると実感しています。

 電通総研はもちろん、dentsu JapanとしてもAIは「読み書き算盤」に並ぶ基礎知識として全社員が習得し、顧客企業の事業変革に向けた挑戦に伴走していくべきものだと思っています。

インタビューを終えて
Japan Innovation Review編集長 瀬木 友和

 電通総研は2024年1月1日、電通国際情報サービス(ISID)が社名変更する形で新しいスタートを切った。企業ビジョンに「HUMANOLOGY for the future(人とテクノロジーで、その先をつくる。)」と掲げていることからも分かるように、dentsu Japanにおいてテクノロジー領域をけん引する存在として、システムインテグレーション、コンサルティング、シンクタンクの3分野で事業を展開している。

 dentsu Japanが、広告・マーケティングの領域にとどまらず、顧客の変革を総合的に支援するパートナーへと進化する上で重要な鍵を握る1社であり、社名変更に込められた意味はとりわけ大きい。「名は体(たい)を表す」からだ。(あくまでも個人的な感想だが、この社名変更はdentsu Japanの成長戦略の観点から見て、すばらしい決断だったと思う)

 さて、ここであえて、旧社名である「電通国際情報サービス」にまつわる話をしたい。「株式会社電通国際情報サービス」が生まれたのは遡ること半世紀前の1975年のこと。今の同社を知る私たちからすれば、電通グループのシステムインテグレーターなのだから、「電通情報サービス」という社名にするのが自然な気がするが、会社設立に際して、社名に「国際」という言葉が用いられた。それは、電通国際情報サービスが、電通と米国GE(ゼネラル・エレクトリック・カンパニー)の合弁会社として設立されたことに由来している。

 パソコンもインターネットも存在しなかった時代に、GEのコンピュータを国際ネットワークで共同利用するための国際間情報処理サービスを行う会社として設立されたのが電通国際情報サービスであった。その後、通信技術の進化により、事業環境が大きく変化する中、電通国際情報サービスはシステムインテグレーター(SIer)へとビジネスモデルをシフト。そして今、SIerという枠にとどまらない存在へと進化するために、電通総研へと生まれ変わったわけだ。

 さて、私がここで伝えたいのは、電通総研が社会や技術の変化に合わせていかに柔軟に事業を“変化”させてきたか、ということではない。ここで伝えたいのは、むしろ同社が“変わらず”に大切にし続けていることについてだ。

 それは同社が、製造、金融、サービスなどの各業界における顧客の「業務」を理解することに並々ならぬこだわりを持ち続けているということであり、その課題を解決するための業務アプリケーションサービスの提供を主戦場にビジネスを続けているということだ。

 創業時、GEが当時展開していたリモート・コンピューティング・サービス(電話回線でコンピュータを利用できるサービス)を、ディストリビューターとして日本の顧客に提供。その後、システムインテグレーションに事業領域を広げてからも、コンピュータなどのITインフラを製造するというビジネスではなく、主に海外のメーカーがつくったコンピュータを日本の顧客にデリバリーし、その上で動かす業務アプリケーションの領域で価値を生み出し、差別化するというビジネスを展開してきた。つまり、同社は生まれてからこのかた、「顧客の業務に対する知見こそが存在理由」とすらいえる環境で半世紀にわたり活動を続けてきたのである。

 インタビューの中で、幸坂氏が「業界領域に特化した知見や知識があることが強み」と語り、深谷氏が「(顧客の)現場の要求を競合他社よりも把握しているという自負があります」と自信を見せるのには、創業以来積み重ねてきたこのようなファクトがあるのだ。

 そして今、AIという革新的な技術が普及期を迎えた。

 コンサルティング会社やITベンダーがこぞってAI市場になだれ込み、百花繚乱の様相だ。しかし、あらためて言うまでもなく、ユーザー側の企業にとってAIはあくまでもツールであり、AIを使うこと自体が目的ではない。AIを取り入れることで、事業やサービスを変革し、成長につなげていくことが目的である。だからこそ、顧客が属する業界特有の「業務」に対する知見こそが、AI活用のパートナーに求められる、最も重要なファクターとなるのだ。

 電通総研が半世紀にわたり“変わらず”に磨き続けてきた強みが今、dentsu Japanが掲げるAI戦略ビジョン「AI For Growth ~“人間の知(=Intelligence)”と“AIの知”の掛け合わせによって、顧客企業や社会の成長に貢献していく~」の下、ひときわ強い輝きを放っている。

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