電通グループは2023年1月、GEジャパン、グーグル日本法人で人事の要職を歴任した谷本美穂氏をCHRO(Chief Human Resource Officer)に迎えた。日本の人事コミュニティーで、知らない人はいない、オピニオンリーダーともいえる存在である谷本氏の目から見て、電通グループの人と組織はどう映ったのか。電通グループが変革のキーワードとして掲げる「One dentsu」の実現に向けて、どのような人事戦略を展開しているのか。Japan Innovation Review編集長 瀬木友和が話を聞いた。
人が成長しなければ、ビジネスも成長しない
――谷本さんは、GEでグローバルリーダーシップの開発をけん引し、グーグルではイノベーションを起こす組織づくりに注力されてきました。これまでのキャリアを踏まえて、人事という仕事に対する思いをお聞かせください。
谷本美穂氏(以下敬称略)どんなビジネスも人で成り立っています。その人たちがやる気を持って活動しないとビジネスは回りませんし、人が成長しなければビジネスも成長しません。そんな人に対して働きかけることができるのが、人事の仕事の一番楽しいところであり、やりがいのあるところだと思っています。
私は人事の仕事が本当に大好きで、その中でも人の心が動く瞬間を見るのが好きです。人に語りかけて、何かを仕掛けてあげれば、みんな前向きに変わる力を持っています。そこに貢献したいという思いで人事の仕事を続けてきました。
そして、電通グループに入社して強調しているのは、「人の可能性を本気で信じて、人を育てる会社になる」ということです。その人のポテンシャルに信じて、チャレンジの機会を提供し、その人が大きく成長すれば、本人にとっても、ビジネスにとっても良いことで、みんなで喜ぶことができます。
――社員を信じて、任せた結果、期待以上の成果をあげる――。そんなイメージですか。
谷本 そうですね。前職でも強く感じたのですが、人事の仕事は、本質は管理ではありません。成長を支援する部門であるということを心がけてやっています。
――長らく外資系企業にいて、「人事部長」と「CHRO」の違いを感じたことはありますか。また「戦略人事」という文脈で人事のあるべき姿、果たすべき役割について、どのようにお考えですか。
谷本 2つの肩書きに大きな違いがあると感じたことはありません。人事としては、できるだけ事業に寄り添いたいと考えています。
そのためには、第一に事業をよく知り、成長戦略を理解した上で、それに対してインパクトのあるような人事施策をやっていきたいということです。
また、経営の目だけでなく、社員の目を代表するのも人事の重要な役割です。経営の言っていることと、現場がやっていることにギャップが生まれないよう両者をつなげるのも自身の役割だと思っています。
戦略人事という観点から目指すのは、社員のやる気が出る、活力が出る人事であり、そのキーワードは「成長」です。社員がこの会社にいて良かった、ここで働いていて良かったと思うのは、自分自身がいい挑戦に関わり、より成長できていると感じる瞬間だと思います。人財の成長意欲を喚起し、満たしていけるよう、どんどん成長とチャレンジの機会を与えていきたいと考えています。
多様な人財が活躍できるよう「リーダーシップ」を再定義
――多くの人に聞かれたことと思いますが、谷本さんはなぜ電通グループを選んだのでしょう。また、CHROとしてどのようなことを期待されているとお考えですか。
谷本 最も大きな理由は、リーダー層の皆さんから変革に対する本気の覚悟が感じられたこと。グローバルに挑戦していきたいことや、dentsu Japanという国内事業そのものも、より将来に向かって変わっていかなければならないという思いが伝わってきたことです。
2つ目は、電通グループのビジネスは“人ビジネス”だからということ。人事をやっている私としては非常にチャレンジングでやりがいのある仕事だと思います。
そして3つ目は、「One dentsu」という新たな枠組みの下、日本発のグローバル企業、なおかつサービス業を中心とした企業として、日本の良さと海外の良さを掛け合わせて、グローバル市場に挑戦していくこと、それをハンズオンでマネジメントしていくことにも非常にひかれました。
電通グループから何を期待されているのかを自分で答えるのは難しいのですが、強いて言うと、社内にもふさわしい方がたくさんいる中で、わざわざ外部から採用をしていただいたということは、やはり新しい考え方や新しい視点を持ち込むことを期待されているのではないでしょうか。
――電通グループに入社して改めて感じた人事面の課題とはどのようなものでしたか。
谷本 いろいろな階層の社員の皆さんと話をした結果、変えていきたいと思った点がいくつかありました。
1つは、年齢やジェンダー、国籍などに関係なく、多様な人たちが夢を持って上を目指し、大きな仕事ができるような仕組みを作っていくことです。それは、より多く稼いだ人が高く評価されて、より早く昇進していくという評価基準を見直すことにもなります。
もう1つは、人を信じて、チャレンジする機会を提供するという意味で、人財育成に関する議論が不十分だと考え、その時間を圧倒的に増やしました。昨年はグローバルのリーダーシップのトップ100人についてレビューを行い、一部の人財には新たな成長経験を積むための抜擢人事を実行すると同時に、レビューの結果に基づいて新たな人財育成プログラムの開発にも着手しました。また、今年はその人財育成会議のレビュー対象を3000人に増やしました。
――評価基準を見直し、「リーダーシップ」を再定義したそうですね。
谷本 dentsuリーダーが持つべきバリューを体現する行動を「dentsu Leadership Attributes(dLA)」として定義しました。
その内容は、「変革を起こす」「イノベーションを培う」「人と組織文化を育てる」「顧客と社会にソリュショーンを提供する」「さまざまな仲間と新たな価値を生み出す」という5つの要素で構成されており、人材の評価や育成の基準として導入することとしています。
既にdentsu Japanの役員の評価にこの”dLA”が採用されており、今後は対象となる社員を広げて、人財評価・育成の指針としてブラッシュアップしていく計画です。
――従来の売り上げ・利益をつくれる人が評価されてきたカルチャーを変革することで、ハレーションが起きたりしませんでしたか。
谷本 社員の皆さんに中身をオープンにし、議論に巻き込んで、一緒に言葉を磨いていきました。また、なぜこの指標にしたのか、その目的と達成したいことを直接ストーリーで伝え、対話を重ねました。とても反応がよく、最初は「ちょっと違うんじゃないか」と思う人もいたと思いますが、丁寧に対話を重ねていくことで多くの人が賛同してくれるようになったと感じています。ですが、これで完成だと思っていません。重要なのは、完成させることよりも、これをもとに自分のことを振り返ってもらいたい。リーダーシップについて、自分自身で考えてもらうことです。そうやって、皆さんと一緒に育てていきたいと思っています。
グローバルのどこにいても努力が認められるOne dentsuへ
――CHROとして1年8カ月が経過しましたが、取り組みの進捗、成果と課題についてはいかがですか。
谷本 まだまだです。人事戦略によって、第一にビジネスが成長しなければならない。そして第二に社員がインパクトを感じてくれないといけないと考えているので、やれることはたくさんあります。
社員の皆さんの話を聞いていると、皆さん本当に電通グループが好きなんですね。どこが好きなのかと聞くと、「人が好き」だと言います。クライアントを通じて人の喜ぶ顔が見たい、社会を喜ばせたい。そのために、自律的に相手の課題をくみ取って、プロアクティブに積極的に提案していく、そういった魅力的な人財がたくさん集まっているところなんだと改めて感じています。
そういった人たちがより積極的に成長の機会が提供されて、できる人、やれる人がどんどんその機会を広げていく。それがまさに多様なチームであって、良いアイデア、良い人財はどこから出てきても構わない。そんな仕組みにしていきたいと考えています。
――ビジネスが成長し、社員がインパクトを感じるようになるのは、いつ頃ですか。
谷本 どんな人事施策も結果が出るまでには2、3年かかると思います。電通グループはそれなりの規模がありますから、もう少し時間がかかるかもしれません。
中長期の時間軸で人財の成長を促していく一方で、専門性を高めていくこと、テクノロジーを使って仕事の質も効率性も上げることを同時に行い、経営戦略を支える人財戦略を推進していきます。
――One dentsuが実現した世界では、人や組織、ビジネスはどのように変化していますか。
谷本 社員にとっては、グローバルのどこから出てきても、努力すればリーダーになることができるようになる。そこに国籍、年次、性別などは関係ありません。最もふさわしい人がポストに就く。そんなフェアな環境をつくっていくことが、真のグローバル企業であり、One dentsuの姿ではないかと思います。
――One dentsuに向けて、谷本さん自身がチャレンジしたいこととは。
谷本 ”dLA”は来年、より幅広い社員に展開していく予定です。より多くの社員の目に触れることで、自分自身を振り返るきっかけにしてもらいたい。
役員の人事評価以外にも、マネージャー層のフィードバックサーベイにも組み込みました。将来的には採用にも使えるのではないかと考えています。繰り返しになりますが、本当にがんばった人がより報われるようなフェアな環境をつくっていきたい。
一方、dentsu Japanのチーフ・ピープル・オフィサーとしては、組織開発をさらに進めていきたいと考えています。国内グループ約150社の中にはいろいろなポジション、ユニークで面白いジョブがたくさんあります。また、海外も繋いで、日本・海外に関わらず社員の皆さんが自律的にキャリアを選択し、その中を柔軟に行き来できるような仕組みづくりにもチャレンジしていきたいです。
インタビューを終えて
Japan Innovation Review編集長 瀬木 友和
人事のコミュニティーでは知らない人はいない存在。それが谷本氏だ。人事の専門家でもない私がその名を知っているくらいなのだから相当だと思う。
その谷本氏が、新しい舞台に選んだのが、電通グループだった。
インタビューに先立ち、同社の広報担当からその話を聞かされた私は、「意外」な印象に驚くとともに、がぜんと興味が湧いた。リーダーシップ開発やタレントマネジメントなどの分野で世界中の企業からベンチマークされるGE、組織カルチャーや従業員エンゲージメントなどの分野で世界のイノベーション発信基地、シリコンバレーの先頭をひた走るグーグル。まさに、米国を象徴するような2社で人事の要職を歴任した谷本氏が、なぜ、新天地に電通グループを選んだのだろうか。社外という目線だけではなく、日本企業に対しての外資系企業(ここでは、米国企業)という目線からも、同社が取り組む変革の現状に対して、いい意味で一歩引いた客観的な見解を聞くことができるのではないだろうかと、期待が膨らんだ。
と、同時に、GE、グーグルという押しも押されぬワールドクラスの企業で人事リーダーを務めていた人物にインタビューするということで、いつもとは少し違う緊張感を覚えていた。生き馬の目を抜く世界で生き残り、結果を出し続けてきた人。すごく怖い人だったらどうしよう、と。
迎えたインタビュー当日。私はそれが杞憂であることがすぐに分かった。約束の時間になり、谷本氏が笑顔で「こんにちは~」と部屋に入ってきた瞬間、その場にふわっと優しい風が吹いたように感じた。5月の新緑をそよがせる、爽やかな初夏の風だ。その場にいた取材陣の面々はいつの間にか谷本氏の雰囲気に包み込まれ、インタビューが始まるころにはすっかりリラックスしていた。ここで、ぜひ、あらためてインタビュー記事の本文に入っている谷本氏の写真を見てほしい。どんな印象を受けるだろうか。谷本氏はあなたが受けた印象の通りの人だと思う。
そんな谷本氏は、人事の仕事が大好きだと語る。中でも、人の心が動く瞬間を見るのが好きだという。人の可能性を信じ、挑戦する場を提供する。その人が大きく成長したとき、本当に人事をやっていて良かったと思うと笑顔で話す谷本氏。私は、こんな人が人事の責任者を務めてくれたなら、きっと従業員は幸せになるだろうと思った。
谷本氏が人事として大切にしている「人の心を動かす」という言葉は、電通グループにおいては特別な意味を持っている。今でこそ広告会社の範疇を超えてビジネスを展開する電通グループだが、その強みは広告ビジネスで培った「人の心を動かす力」にある。私は、電通グループの変革に迫る一連の取材でインタビューした多くのリーダーから、幾度となくその言葉を聞いてきた。
谷本氏は自身が電通グループに入社したからポジショントークで言っているのでは決してない。それは、谷本氏が電通グループに入社するずっと以前、グーグルに在籍していた2021年当時のインタビューの中で、「私はずっと『人の心を動かす人事になりたい』という思いで、人事の仕事に向き合ってきたように感じます」(「日本の人事部」2021年11月22日)と語っていることからも明らかだ。
私はこのあとがき記事の冒頭で、谷本氏が新天地として電通グループを選んだことについて、「意外」な印象を受けたと書いた。谷本氏によれば、多くの人事コミュニティーの仲間からもとても驚かれたという。しかし、その実、当の谷本氏からしてみれば、その選択は意外でも何でもない。至って「当然」の選択だったのである。
谷本氏が人事として社員の心を動かし、それにより成長した社員が顧客の戦略に寄り添い、その先にいる生活者の喜びを生み出していく。これぞ、人事という仕事の真骨頂だろう。谷本氏が挑む「人起点の変革」に期待したい。
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