モーレツに働き、忙しいことが自慢―。かつての広告業界に存在していたこのようなイメージは、今の電通グループからはほとんど感じられない。グループを挙げた働き方の改革や企業文化の変革を進めた結果、ワーク・ライフ・バランスは大幅に変化。東洋経済新報社が発表した「残業時間を10年で大きく減らした企業ランキング」では、電通が2022年版で1位、2023年版で2位につけるなど、総労働時間は劇的に減少した。
一連の改革を支援しているのが、国内電通グループ約150社で構成されるdentsu Japanのコーポレート機能を強化していくために、2022年に発足した電通コーポレートワンだ。同社では、人事、経理、法務、ITといった基幹となるコーポレート機能にとどまらず、経営企画、M&A、グループコーポレートブランディングといった経営戦略機能までも有し、コーポレート機能を一手に担う。同社の早田眞社長に、変わりゆくdentsu Japanの今と、事業変革を支えるコーポレート部門のあるべき姿について聞いた。
(聞き手:Japan Innovation Review編集長 瀬木友和)
dentsu Japanは劇的に変わった
──早田さんは、dentsu Japanの変化を知ってほしい、という思いが強いそうですね。
早田眞氏(以下敬称略) dentsu Japanの中核企業である電通は、大きな労務問題を契機に働き方改革を進め、この数年で劇的に働き方を変え、同時に企業文化を激変させています。
世の中的にはモーレツに働く会社というイメージがいまだに色濃く残っていると思いますが、労働環境改革が始まった2016年以前と以降では、会社の中での働き方、年功や年次が過渡に重視された企業文化などが大きく変わってきています。長らく身を置いてきた私としては、もちろん私たちの伝える努力が足りていないこともありますが、その変化が外部に十分伝わっていないことを、非常に残念に思っています。
──どのように変わったのですか。
早田 第一に、社内調整などの非効率を改める「業務の効率化」を進め、社員の平均労働時間を大幅に減らしています。労働時間を減らすために、例えば、22時から翌日の5時までは原則として仕事をしない時間に設定しています。また、月1回の特別休暇もしくは有給奨励日を設けて、休みを取りやすくもしました。祝日なども鑑みると週休3日に近い感覚で、そのぐらいしっかりと休む習慣が定着しています。
かつては、あまり寝ていないとか、長時間勤務を肯定するような、ある意味誤った風潮があったようにも思います。しかし、働き方改革の積み重ねで労働時間を削減し、その後のコロナ禍を経てハイブリッドワークが進み、結果として通勤に充てる時間が減ったことも相まって、社員にとってはプライベートや睡眠に充てる時間が増えてきているのではないかと思います。社員の健康、コンディションを良くするための環境が以前に比べてかなり構築できているのではないかと考えています。
当たり前のことですが、コンディションが良い状態で昼間働くと、非常に効率がいい。集中して仕事ができますから、夜も遅くまで働くことが減ります。プライベートの時間が増えて、趣味や家族、友人との時間を楽しむことで、またコンディションが良くなる。そんな好循環が生まれてきているのではないかと感じています。
今のdentsu Japanでは、コンディション良く、ワーク・ライフ・バランスが取れた形で働ける、そういった環境が整ってきていることを、社外の皆さん、学生さんや親御さんにももっと知ってもらいたいと思っています。
管理部門と経営戦略部門を集約、外部採用も積極的に行う
──早田さんがトップを務める電通コーポレートワンも、働き方改革や企業文化の変革に関連がありそうです。設立の経緯と目的について教えてください。
早田 電通コーポレートワン(以下DC1)は、電通など複数社のコーポレート部門とグループにあったコーポレートの専門会社を統合し、2022年に設立された会社です。国内電通グループの中核的なプラットフォームとして、dentsu Japan全体のコーポレート機能の強化をリードしています。ここまでビジネス環境が激変している中で、コーポレート部門も従来のままでいいのかという声が高まったことが、背景のひとつにはあります。
DC1が目指すのは、単なる効率化ではなくて、コーポレート部門を支える各領域の「業務の高度化」も同時に達成することです。
──DC1に統合された組織には、人事、経理、法務、ITといった、いわゆるバックオフィス、管理部門的な機能の他にも、経営企画、M&A、起業支援、グループコーポレートブランディングなど、経営戦略部門も含まれているのが特徴的です。
早田 コーポレート部門の独立会社を設立するにあたっては、部門のどこかで線引きをして切り分ける、という考えはありませんでした。
その後、株式会社電通グループという持ち株会社の機能整理が進み、組織再編とガバナンスの強化を進めた結果、dentsu Japanの経営企画部門もDC1に組み入れて、国内グループ全体を見られる体制にするのが最も合理的だと判断し、現在の形になりました。
──機能集約によるコーポレート業務の高度化の事例について教えてください。
早田 法務部門が分かりやすいと思います。法務に関しては業務領域が違っても、その相談内容にはかなり似通ったところがあり、グループ内で知見を共有すれば、転用しやすいといったメリットがあります。
グループ会社が個々に法務部門を構えていると、そこで蓄積できる知見は非常に限定的になりますが、1カ所に集まってくる体制にすると、知見の蓄積と活用が進んでいくことになります。
──DC1では、コーポレート業務の専門人材を外部から積極的に採用されています。
早田 DC1発足後に、外部からキャリア採用で入社した社員の比率は全社員の約7%になります。同業種出身の方もいれば、金融業界など他業種出身者もたくさんいます。彼らと一緒にやっていて思うのは、コーポレート業務は想像していた以上に、業種が違ってもその専門スキルが通用する、汎用性があるということです。
かつて我々は、自分たちが想像している以上に内に閉じていて、自分たちのやり方しか知らず、正しいと思い込んでいた面があったのではないかと思います。キャリア採用の仲間を多く受け入れてみて、その認識はいい意味で大きく変わりました。キャリア採用の社員が持ち込んでくれた新たな視点は、気づきや刺激になることが多く、ポジティブな面での多様性が生まれています。
──コーポレートのゼネラリストを育成する機会も重視されている点がユニークです。
早田 コーポレート部門の中には、入社以来、ずっと同じことをやっているという人も少なくありません。彼らの中から将来、経営を担う人材も出てきますから、経理しか知らない、人事しか知らないというのでは、経営を担う上では視野が狭くなってしまいます。
コーポレート部門の中でも複数の領域を経験して、知見を広げていくことを希望する社員がいれば、そういう機会を提供していくべきだと考えています。
安心して事業に邁進してもらうために、
高度な知見で事業側をサポート
──dentsu Japanにおける働き方改革や企業文化変革の取り組みの背景には、広告ビジネスの変化もあると推察されます。事業変革を支え、それを加速させるために、コーポレート部門はどうあるべきですか。
早田 世の中の環境が激変する中で、継続的な事業変革は不可欠です。なおかつ変化のスピードも速いので、変化を先回りするような状態をつくっていかないといけません。その事業変革をサポートするのが、我々DC1の使命ですが、事業部門から切り離して、1つに集約したからこそ、今まで以上に事業側への理解を深め、スピード感を持って仕事をしていく必要があると痛感しています。
──これからのコーポレート部門は、経営者の最良のパートナーでなければならないという考え方が広がりつつあります。
早田 経営者の最良のパートナーであるということは、まさにその通りだと思います。常に事業側が収益を最大化していくために何ができるのかを一緒に考えて、必要なサービス、ソリューションを主体的に提供していくのがパートナーだと思います。それは、同じ会社にあったかつても、そしてこれからも、変わらない思い、考え方です。
──DC1ではどのような形で事業側のビジネスの推進を後押ししているのでしょうか。
早田 例えば、DC1の中には起業を支援する部署があり、事業側から寄せられる起業案件の立ち上げに伴走しています。独立した会社として育成し、収益を上げるようにしていくサポートを行っています。
他にも、パブリック(公共)分野のビジネスでは、グループ各社が法令を遵守した公正な取引を安心して行えるよう、専門的な知見やノウハウで支えています。
──コーポレート部門と企業文化との関係、企業文化の変革におけるDC1の役割については、どのようにお考えですか。
早田 元々同根である会社からコーポレート部門が独立しているので、DC1があまり独自性を追求しすぎてもいけないのですが、事業会社側とは異なる独自の文化、独自の働き方が生まれているのも事実です。
働き方改革を進めていたことが功を奏して、コロナ禍においてdentsu Japanではいち早く、比較的スムーズにリモートワークを導入することができました。コロナ禍が収束していく中で、dentsu Japanの事業会社は出社とリモートのハイブリッドワークへと進化させていきましたが、我々DC1は積極的に出社を推奨することを選択していません。リモートワークでも業務が十分に機能している手ごたえも感じていたからです。
また、DC1では私的社外活動、いわゆる副業についてもかなり広範に容認しています。事業会社側ではなかなか踏み込みにくい働き方にもチャレンジし、ある意味では先駆者のようなかたちでやっている面があります。
我々が独自にやってうまくいった施策は、今後、事業会社側に移転していくことも十分に考えられます。
──「コーポレートプラットフォーム」を標榜するDC1の今後について教えてください。DC1の活躍によって、dentsu Japanはどう変わるのか、ひいては顧客や社会にどのような価値提供が可能になるとお考えですか。
早田 コーポレート部門が効率化され、高度な知見を持って事業側をサポートできるようになると、事業側は今まで以上に安心して事業に邁進できるようになると思います。
それを1つの事業会社だけでなく、グループ全体に展開していくことで、グループ全体の底上げにもつながるのではないかと手応えを感じているところです。
前述の通り、DC1にはバックグラウンドが異なる優秀な社員がたくさんいます。多様性のあるメンバーが集結し、コーポレート部門業務の各領域で知見を磨くことができるのであれば、それを自社グループにとどめておくのはもったいないことです。
将来的には、コーポレート領域でお困りのお客さまにコンサルティングサービスを提供していくことも視野に入れて、まずはdentsu Japanのコーポレートプラットフォームとして確かな実績を積み上げていくことに尽力してまいります。
インタビューを終えて
Japan Innovation Review編集長 瀬木 友和
近年、いわゆるコーポレート部門のあり方が問われている。例えば、人事の分野では「HRBP(Human Resource Business Partner)」が、経理・財務の分野では「FP&A(Financial Planning & Analysis)」がその象徴といえるだろう。共通するのは、コーポレート部門が定型業務の処理が中心のこれまでのような受け身の姿勢から、経営者や事業部門に伴走し、企業・ビジネスの成長に専門性を生かして主体的に関与していく「ビジネスパートナー」へと進化すべし、という考え方だ。それは、法務や総務、ITなどの他分野でも同様だ。
デジタル化とグローバル化の大波があらゆる産業の勢力図を塗り替えている今、本業のビジネスモデルすら変革する気概がなければ、いつディスラプター(破壊的イノベーター)に自社のビジネスを奪われるか分からない。だからこそ、多くの企業が本気でビジネスの変革に取り組み始めている。そして、変革を成し遂げるための原動力、あるいは基盤となるものこそがコーポレート部門に他ならない。
電通グループでは今、事業変革を強力に推し進めている。「カスタマートランスフォーメーション&テクノロジー(CT&T)」を新たな成長領域と定め、顧客企業のビジネス変革を総合的に支援するビジネスモデルへと進化しようとしているのだ。そのためには、トランスフォーメーション戦略・成長戦略、システムインテグレーション、データ&アナリティクス、マーケティングテクノロジー、クリエーティブといったさまざまな分野で多様なケイパビリティを有するグループ各社の連携が欠かせない。
だからこそ、電通コーポレートワンに期待される役割は大きい。グループ各社のコーポレート機能をシームレスにつなぎ、これまで以上に高度な専門性を発揮してグループ全体のビジネスの成長を支える存在とならなければ、グループ変革の動きは鈍くなるだろう。
電通コーポレートワンの設立から2年半が経過した今、早田氏は大いに手ごたえを感じていると語った。同社が標ぼうする「コーポレートプラットフォーム」として、いかに真価を発揮していくのか。その取り組みは変革に取り組む全ての企業にとって参考となるだろう。
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