dentsu Japan DX プレジデント 妹尾 真氏

 国内電通グループ約150社からなるdentsu JapanのDXプレジデントに、電通総研で常務執行役員を務める妹尾真氏が就任した。数多くの国内企業の経営・業務課題に対してコンサルティングやITソリューションによりDXを推進し、事業成長に貢献してきた経験とノウハウを生かしながら、今後はグループ連携を強化し、一気通貫で企業や社会の変革ニーズに応えていきたいと意気込みを示す。dentsu Japanが目指すDXビジネス戦略、競合との差別化ポイントなどについてJapan Innovation Review編集長 瀬木友和が聞いた。

効率化は進んだが、ビジネスモデルの変革はこれから

――数多くの企業のDXを支援されてきた中で、国内企業のDXの進捗や取り組みの深度についてどのように評価されますか。

妹尾真氏(以下敬称略) 企業におけるDXは着実に進み、一定の成果を出し始めているという認識を持っています。

 アナログ情報をデジタル化することで生産性を上げたり、効率化を図ったりといった活動は多くの企業が既に取り組んでおり、大きな成果を挙げている企業も中には見られます。

 一方、本当の意味でのDX=新しいサービスやビジネスモデルを創る、といった観点では緒に就いたばかりです。例えば、データを適切なテクノロジーやソリューションを活用して分析し、ビジネスの状況を可視化したり、それを用いて高度な判断を下す。生成AIを使って業務プロセスそのものを改革することは、これからが本番だと見ています。

――30年以上にわたりコンサルティングやITソリューションを用いて企業の変革を支援されてきた中で、昨今のDXブームを妹尾さんはどうご覧になっていましたか。

妹尾 私が電通国際情報サービス(現電通総研)に入社した1992年当時から、同様のコンセプトは存在していたと思います。ただ、テクノロジーの進化に伴い、かつてはやりたくてもできなかったことがかなりできるようになったと言えます。

 例えば、リアルタイムで取得したデータを即時に分析し、経営や業務に反映していくといったことは、かつてはほぼ不可能でしたが、ハードウェア性能が飛躍的に向上したり、全く新しいシミュレーションのロジックが登場したりしたことで、実現性が高まっています。

――デジタライゼーションがより身近になり、成果も挙げやすくなった一方で、DX推進にチャレンジした企業からは、どのような悩みや不安の声が聞こえてきますか。

妹尾 一周回って、同じ課題に直面しているようです。つまり、少子高齢化に伴う人手不足を前提とした仕事をどのようにDX化できるかという課題です。

 一昔前は、定型業務はシステムやロボットに置き換えて、創造性が問われる仕事に人をシフトさせるという考え方が主流でしたが、人手不足の問題がより深刻化する中で、生成AIなどを使って創造性の領域もデジタル化していくといった考え方に変化しています。

 そうした中で、新しい仕事の仕方、それを支えるIT環境をどうすればいいかというご相談を受けるケースが増えています。

 今まで作ってきた重厚長大なレガシーシステムを、新たな仕事の仕方に合わせて変えていかないといけない。しかし、世の中の変化やテクノロジーの進化のスピードが速いため、今の時代に合わせて開発したら、この先も長く使えるかどうか分からない。そのため、状況変化に応じてある程度柔軟で、なおかつコンパクトに変えられるようなシステム環境をどう構築していくかという悩みを多くの企業が持っています。

全体の62%が一部にまだレガシーシステムが残っていると回答 (独立行政法人 情報処理推進機構 「DX動向2024」より)
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電通グループ9社のDX専門人材を結集した横断組織「DENTSU DX GROUND」

――企業のDXニーズは引き続き高いものが見込まれる中で、dentsu Japanが目指すDXビジネス戦略とはどのようなものですか。

妹尾 企業・社会変革、そして社会貢献のためのDXの確立です。

 まず企業に対しては、事業環境の変化にいかに柔軟に対応していけるかという企業変革力の向上に資するDX支援を提供していきます。

 サステナビリティやカーボンニュートラルへの対応をはじめ、社会要請、法制度や規制などにもきちんと応えつつ、事業成長も同時に実現していくようなビジネスモデルの変革を支援していきます。また、企業変革を通じて、企業の先にある社会の変革も促していきたいと考えています。

 一方、社会には住民をはじめ企業や大学、自治体などさまざまなステークホルダーが存在します。彼らと企業が連携してデータ活用することで、例えば、平時においては地域活性化やビジネス機会の創出が期待できますし、災害時などの有事においては、避難、復興支援などの社会貢献にもつながると考えられます。

――電通総研単体ではなくdentsu Japanのグループ各社が連携することで、何が変わりますか。

妹尾 dentsu Japanには電通総研を含めてDXに携わる会社が9社あり、それぞれユニークなケーパビリティを持っています。

 例えば、ビジネスや社会の根幹を支える基盤システムづくりが得意な会社もあれば、マーケティング領域におけるデジタル化が得意な会社や、PoC(概念実証)で使うアプリケーションの開発から、技術、ビジネス両面での仮説検証までを短期間で行うのが得意な会社もあります。

 これらのケーパビリティを組み合わせながら、dentsu Japanの中で一気通貫のさまざまなサービスを提供できることがグループ連携の大きな意義であり、強みと言えます。

――DXビジネスの推進にあたって3つの領域に注力されるそうですが、それぞれの取り組み施策の内容、狙いなどについて教えてください。

妹尾 第一の領域は「DXケーパビリティの拡充」。デリバリー力の強化に向けてdentsu Japanの中でDX人材を増やしていくことが1つです。

 dentsu Japanにはいろいろな分野の多彩な人財がそろっていますが、DXの分野についてはもっとスキルを上げて、人も増やしていかないといけません。自分たちのスキルアップ(育成)、採用はもちろんですが、専門性を持った外部パートナーとの連携も積極的に行っていきます。

 さらにソリューションの強化にも注力しています。dentsu Japanの中にはマーケティング分野以外にも、人事や会計などの分野、さらには製造、金融といった領域で市場から認められているソリューション、ソフトウェアがたくさんあります。ユニークなソフトウェアを新たに開発しリリースしていく一方で、個別のソフトウェアを足掛かりに、他の領域のサービス、ソリューション提供にもつなげて、ビジネスを拡大していきます。

 第二の領域は「マーケティング領域のDXビジネスの拡大強化」です。前述の通り、顧客起点での価値創出を一気通貫で提供できる体制をdentsu Japanとしてさらに強固にしていくことを指します。

 2021年、電通グループでは「DENTSU DX GROUND」(DDXG)というグループ9社のDX専門人材を集約した横断組織を立ち上げました。ナレッジを共有したり、各社宛てに相談が寄せられた案件の情報を共有したりしながら、「この会社とこの会社で組んで、こういう提案をしたらいいんじゃないか」と個々のケース毎に最適な体制を構築し、ビジネスを推進しています。

「DENTSU DX GROUND」を構成する9社(https://ddxg.jp/より)
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 そして、第三の領域は「企業・社会変革を実現するDXビジネスの確立」です。企業変革だけでなく社会課題の解決に取り組むことが、われわれdentsu Japanの存在意義である、との思いを込めています。

 社会には利害関係の異なるさまざまなステークホルダーが存在するため、社会課題の解決は容易なことではありません。ただ単にロジカルに考えていっても、ブレークスルーできないケースも多くあります。

 このときに、システムインテグレーションやコンサルティング以外にも、dentsu Japanが持つコンテンツやクリエイティブの力を組み合わせることで、解決の糸口を見つけることができる可能性を感じています。

企業・社会変革、社会貢献のためのDXの確立と3つの注力領域
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――DDXGにおける議論やコミュニケーションの頻度はどのぐらいですか。また、既に活動の効果は現れていますか。

妹尾 月次単位で定期的な情報交換を行い、その間は適宜、関係各社がコミュニケーションを取っています。

 30年以上電通グループに勤めている私自身を含め、グループ各社の特長やケーパビリティ、「どことどこをつなぐと、こんな新たな価値が出せるよね」ということがグループ内で広く理解されているとは言えない状況でした。

 改めて自社以外の特異性を知ることで、これまでお客さまに相談されても、自社の得意領域とは距離があると見送っていた話が、「あの会社と協業することで自社の強みを発揮できる可能性が生まれ、グループとしてお客様へ包括的な価値提供ができるのではないか」、という議論や提案が可能になったことは最大の収穫です。

 代表的な例としては、マーケティング領域のご相談をよくいただきますが、その根本を突き詰めていくと、基幹システムをどうするかという話になります。さらに、もっと業務の内部に入り込んで解決策を考える必要もあり、それぞれが得意な会社と組んで総合提案する機会も増えています。

社会課題という難問に挑み続ける

――既にいくつかのヒントも出てきていますが、コンサルティングやITベンダーなど、競合他社が提供するDX支援との差別化ポイントや、dentsu Japanならではの優位性とは何でしょうか。

妹尾 多くのSIer(システムインテグレーター)がDX支援を手掛けていますし、上流にいたコンサルティング会社も外資系を含めてシステム構築まで範囲を広げ、一気通貫でやろうとしています。

 そうした状況を踏まえると、競合は多いですし、「なぜdentsu Japanに(DX支援を)頼まなければいけないのか」を問われることも頻繁にあります。

 それに対する答えの1つは、さまざまな領域において市場から支持されている独自のソリューションやソフトウェアを数多く有していることで、それを核に差別化を図っているということです。

 もう1つは、デジタルを左脳とすれば、右脳的なアプローチも取り入れながら、人の心を動かしたり、ブレークスルーするようなアイデアを出せることです。ここはやはり、dentsu Japanならではのユニークネスが発揮できるポイントだと思っていますので、電通グループの力をうまく活用しながら、差別化を図っていきたいと考えています。

――妹尾さんが、dentsu Japan DXプレジデントとしての役割を果たすことで実現したいことや、個人的にチャレンジしたことがありましたら、最後にお聞かせください。

妹尾 社会課題を完全に解くことはなかなか難しいですが、取り組み続ける必要があります。

 かつては、条件を設定したり、インプットを与えたりすることで先読みがしやすい時代でしたが、現在は不確実性の時代です。ちょっとした条件でいろいろなことが変わるし、予想もしなかった因子がものすごく結果に響いたりする時代です。

 だからといって、何もできないとか、先読みができないというのではよくない。さまざまなデータを取得・分析したり、人と人との接点で生まれる感情的なものも取り込んだ上で、社会や人々に内在する不満や欲求を浮き彫りにし、その課題を解決することで、新たな付加価値を生み出していきたい。

 このときにdentsu Japanのクリエイティビティを掛け合わせて、他のSIerやコンサルティング会社には思いも付かないようなアプローチを提供していくことで、解決に導いていきたい。それによって、人々の気持ちを動かし、感動を巻き起こすことで、新たな熱狂をつくっていければと思っています。

インタビューを終えて
Japan Innovation Review編集長 瀬木 友和

 DXとは何なのか―。

 多くのビジネスパーソンがこの問いを幾度となく耳にしているだろう。

 回答としては、「スウェーデンのエリック・ストルターマン教授が2004年に世界で初めてDXという概念を提唱した」という蘊蓄(うんちく)から始まり、「デジタイゼーション(Digitization)」「デジタライゼーション(Digitalization)」「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)」の違いの説明に移り、「重要なのは、単なるデジタル化ではなく、トランスフォーメーション(変革)である」と流れていくのが王道のパターンである。

 かくいう私もこんな仕事(企業変革専門メディアの編集者)をしているものだから、大げさではなく少なくとも100回はこのやり取りを見聞きしたのではないかと思う。特に、企業のDXを支援するIT企業の方々やコンサルティングファームの方々は本当にこのやり取りがお好みなので、DXに関するインタビューをさせてもらう場合、冒頭でそのあたりのご見解をうかがうような質問させてもらうことも多い。(インタビューの場を温めるためのアイスブレークとしてちょうど良かったりする)

 さて、今回インタビューさせていただいた妹尾氏は、dentsu JapanでDXビジネスの責任者を務めている。今回も冒頭で「昨今のDXブームについてどう認識しているか?」という、“そのあたり”の質問をさせてもらったところ、想定外の返答があった。

 妹尾氏からは、「DXと同じようなコンセプトは(妹尾氏が)電通国際情報サービス(現電通総研)に入社した1992年当時から存在していたが、ただ単にテクノロジーが追い付いていなかった。だから、やりたくてもできなかった。そして今、ようやく技術が追い付いてきた。ある意味、それだけの話」(多分に意訳あり)という、何ともシンプルな回答が返ってきた。しかも、驚くほど淡々と。

 ここで私が何を伝えたいかというと、妹尾氏がDX市場のど真ん中でビジネスの責任者を務めているのに「まったく浮ついていない」ということだ。言い換えれば、地に足がべったりとついている。

 私は自身の軽々な質問を恥じるとともに、改めてそのスタンスこそが、電通国際情報サービス(現電通総研)というSIerで、30年間以上にわたり実直に顧客のIT化(今ふうの言葉でいえば、DX)に向き合い続けてきた妹尾氏の、まさに真骨頂だと思った。

 そして、だからこそ、「信頼できる人だ」と思った。

 その妹尾氏が今年4月、dentsu Japan 全体のDXビジネスの責任者に就任した。

 妹尾氏に改めて「DXのパートナーとしてのdentsu Japanの強み」を尋ねたところ、それは「人の心を動かす力」だという。広告ビジネスを出自とするdentsu Japanのグループ各社が強みとする“クリエイティビティ”を発揮することで実現できる、極めて“右脳的”なアプローチだ。

 ある意味、“左脳的”なアプローチの塊とも思えるSIerの世界で、30年以上にわたり仕事と向き合ってきた妹尾氏から出てきた「右脳が強み」という言葉の意味。そして、その重み。

 電通総研を軸にしたSIerとしての左脳的な強みに、広告会社が持つ右脳的な強みが掛け合わさった今、dentsu JapanはDX市場において他に類するもののいない存在として、そのユニークネスが際立っている。

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