武田薬品工業 ジャパン ファーマ ビジネス ユニット データ・デジタル&テクノロジー部ヘッドの松野玲子氏(撮影:今祥雄)

 武田薬品工業は、企業理念の中で第一に患者さんに寄り添うことを約束しており、バリューチェーン改革を推進中である。その基盤として、デジタル技術の推進と、人材獲得・育成に力を入れる。特徴的なのは、国内において社内デジタル人材のリスキリングを、自社のリソースを活用して全て内製で進めている点だ。なぜ内製にこだわったのか、リスキリングプロジェクトをリードしたデジタル部門の責任者に聞いた。

「製薬」+「デジタル」の両刀遣いは獲得が難しい

――武田薬品工業(以下・タケダ)は2022年10月に社内人材のリスキリングプロジェクトをスタートさせました。なぜ社員のリスキリングに注力しているのでしょうか。

松野 玲子/武田薬品工業 ジャパン ファーマ ビジネス ユニット データ・デジタル&テクノロジー部ヘッド

外資系製薬企業において、日本やアジアのIT部門をリードする役職を務める。ヘルスケア業界のデジタル活用についての豊富な知見を買われ、2020年に武田薬品工業入社。現在は同社の国内ビジネス部門におけるデータ・デジタル&テクノロジー(DD&T)部のトップとして、デジタル人材育成やデータを活用したイノベーションを統括する。

松野玲子氏(以下・敬称略) 当社は2022年2月にグローバル全体のデータ・デジタルを統括するデータ・デジタル&テクノロジー(DD&T)部門を立ち上げ、4月に国内ビジネス部門においてもシステム開発やDX推進を担う部署「DD&T部」を新設しました。これから先、データ、デジタルを活用して成長していこうと考えたときに、外部のテクノロジー企業に「丸投げ」では難しいと考えました。何をするか、どんな技術を使うかは社内で決めて、その開発もコントロールしていきたい。そのためには、デジタルスキルの高い人材が社内に今以上に必要です。

 しかし世の中には、「製薬」「デジタル」の両方の知識を持つ人材は、なかなかいません。異業種からのデジタル人材の採用も進めていますが、その場合は、製薬業界の知識を一から習得していただく必要があります。

 そこで、今いる社員に最新のデジタルスキルを習得してもらえば、即戦力の人材になると考えました。これが、当社がリスキリングに力を入れている理由です。

 人材育成は3つの階層に分けて行っています。まず、当社の国内事業にかかわる「ジャパン ファーマ ビジネス ユニット(JPBU)」の全従業員に対して、Eラーニングのデジタル教育を実施しています。5000を超える講座から従業員が自分で選ぶ方式で、2023年3月末時点で、99%を超える従業員が2コース以上を受講しました。

 一方、私の上司や同僚にあたる部門長のリーダーシップトレーニングは、アジャイル開発のリーダーとしての振る舞いを学ぶコースと、AIやデータサイエンスの集中講座を提供しました。

 そしてその中間に位置するのが、2022年10月に開始したデジタル人材育成のためのリスキリングプログラム「DD&Tアカデミー」です。JBPUの全従業員から公募でメンバーを募り、約30名が6カ月間、業務を離れて研修に専念するという、前例のない人材育成プログラムです。

――6カ月(半年)という期間はどうやって決めたのですか。

松野 DD&Tアカデミーのプログラムは、大学のように最初に教養課程として基礎を学び、その後に専門課程として実務教育を実施、最後にOJTという構成としました。これは、3カ月では消化不可能で、逆に1年引っ張れば集中が続きません。最適な期間として6カ月としました。最初の1カ月が教養、専門が5カ月で、前半が座学、後半がOJTという形です。

 2022年10月にプログラムを開始して、半年で予定通り全員が卒業し、2023年4月から現場に“就職”しています。卒業生は前の職場には戻らず、全員がDD&T部のエキスパートとして活動しています。

――DD&Tアカデミーの構築と運営を自分たちで行い、しかも人事部主管でなくデジタル事業の部門内で行った理由は何でしょうか。

松野 今回のプログラムは、私たちの組織の人材が欲しくて実施しました。DD&T部として必要な能力を育成する目的でやっているので、会社全体の人材を見ている人事部門と協力しながら、DD&T部が主管するのは、自然ななりゆきでした。

――研修の講師も社員が担当しているとのことですね。運営の全てを自前で行う徹底的な内製が目を引きます。

松野 もちろん、運営の仕方について外部の専門家にアドバイスをもらったり、いくつかの講座の講師をお願いしたりはしました。しかし、かなり早い段階から、完全内製化を前提に進めてきたと思います。外部に運営を外部委託した場合は直接的なコストもかかりますが、社内の運営メンバーとのコミュニケーションコストも乗ってきます。それを考慮すると、内部で進めた方が合理的だと判断しました。

 また私自身、今回のプログラムはぜひ社内で作りたいという思いがありました。大事な仲間である従業員のリスキリングは、自分たちで責任を持ってやり遂げるという決意を固めていました。

 講師を務めてくれたメンバーにとっても、自分の仕事を棚卸しして、何が重要かを改めて知る、いい機会になったと思います。