ストレス解消、精神の安定に効果

 編み物は戦後、「家庭科」の授業に組み込まれ、さらに浸透しました。高度経済成長に合わせて家庭用ミシンが普及したこともあって、編み物・手芸は家庭に浸透。いまの中高年の多くは、手袋やマフラーを家庭で手作りしてもらった経験を持っているでしょう。

 しかし、前述のように2000年代に入ったころから、編み物・手芸に親しむ人は年を追って減っていくようになりました。

 長期的には「編み物・手芸人口」は減少トレンドにあるとはいえ、社会を不安に陥れる災害などが起きると、編み物は人気を取り戻してきました。

 編み物にはストレスを解消して精神を安定させる効果があるうえ、知人たちと会話を楽しみながら手作業に勤しむことで、人とのつながりを強く実感できるためです。

 例えば、2011年の東日本大震災では、避難者たちの仮設住宅など被災地で編み物が盛んになり、それを支援する大勢の編み物ボランティアが被災地に入りました。その1つが、ドイツ人の編み物作家ベルンド・ケストラーさんが呼び掛け、被災者や支援者らと宮城県石巻市で挑戦した巨大な毛布づくりです。

 世界各国から復興支援で届いた1万枚以上の編み物をつなぎ合わせ、500平方メートル近い1枚の毛布に編み上げるという巨大プロジェクト。かぎ編み作品としてはギネス記録となり、完成後は2メートル四方の毛布に編み直され、仮設住宅に住む人々に贈られました。

 東日本大震災では、仮設住宅などで盛んに編み物が行われ、バラバラになった人たちの新たなコミュニティづくりに役立ったとされています。ドイツ人の医師で編み物を趣味としていた梅村マルティナさんも震災を機に京都から宮城県気仙沼市に移住し、現地にアトリエをつくって編み物会社を設立しました。

「しあわせを編む仲間の輪を広げること」を事業目的とするこの会社は、すっかり地域に根づき、気仙沼から編み物商品を全国展開しています。

 2020年のコロナのパンデミックでも編み物はブームになりました。外出が厳しく制限されたため、室内で楽しめるものを探し、多くの人が編み物にたどり着いたのです。

 コロナ禍でのブームでは、作品をSNSで公開し、交流する人が続出。YouTubeでは編み方を伝授する動画が人気を呼び、「編み物チャンネル」も一気に増えました。それが最近の編み物ブームを支える下地になっているのです。

 また、精神的な効用に注目した「編み物セラピー」や、コミュニティ作りとしても機能する「ニットカフェ」も浸透してきました。

 市場調査会社の試算によると、2023年に約2億ドル(約300億円)だった編み物の世界市場は、10年後の2032年までに約2億9000万ドル(約440億円)に達するとみられています。市場の規模そのものは決して大きくありませんが、緩やかなながらも編み物ブームは世界的にも続きそうです。

フロントラインプレス
「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年に合同会社を設立し、正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や写真家、研究者ら約30人が参加。調査報道については主に「スローニュース」で、ルポや深掘り記事は主に「Yahoo!ニュース オリジナル特集」で発表。その他、東洋経済オンラインなど国内主要メディアでも記事を発表している。