藤原南家最後の大臣の七男・有貞、「権貴の生まれ」ながら微官に甘んじた残念な生涯…それでもあっぱれな理由 平安貴族列伝(70) 倉本 一宏 歴史学者 著者フォロー フォロー中 2025.1.29(水) 韓国・北朝鮮 政治 歴史 学術 記事をシェア 1 2 十八歳の若さで従五位下に さて、有貞は天長四年(八二七)の生まれ。右大臣三守の七男であった。母は飯高弟光(いいたかのおとみつ)の女(むすめ)。飯高氏というのは伊勢国の飯高郡を地盤とする 残り1365文字 全ての画像を見る(3枚) ここからは、JBpress Premium 限定です。 会員ログイン JBpress Premiumを無料で試す 初月無料 税込550円/月 全記事読み放題! カンタン登録!続けて記事をお読みください。詳細はこちら Premium会員に人気の記事 【自民党総裁選】小泉純一郎はルール変更追い風に初勝利、強者・権力者が「ゴールポスト」を動かした歴史 参政党の演説に在日コリアン3世の私が共感してしまった理由 AIが「働きたくても働けない人」と「働かなくてもいい人」を生成し始めた 次の記事へ 平安貴族の年収は?10年間無官だった紫式部の父・藤原為時はどう生活していたのか? 記事をシェア