人民元がそれほどたまっていない可能性
ロシアは中国との経済関係を深めており、その経済も着実に「人民元化」しているから、中銀の外貨建て資産に占める人民元が増えているはずだという見方もあるだろう。確かにロシアの通貨取引は今や人民元とルーブルが主要であるようだが、一方で、ロシアに流入してくる人民元の量はそれほど増えていないのではないかという疑問が残る。
具体的に、ロシアの対中貿易収支を確認すると、2023年以降、赤字が定着していることが分かる。つまりロシアは、中国への輸出で人民元を稼いでいるが、それ以上に中国からの輸入で人民元を用いている関係にある。これではロシアに新たに流入してくる人民元の量はそれほど増えないばかりか、むしろ流出する方が多いのかもしれない(図表3)。
【図表3 ロシアの対中貿易収支】
実際は、中国とロシアの事業者は米国による制裁で貿易決済に苦慮しており、暗号資産、特にステーブルコインで決済を試みているとされる。そう考えると、ロシアに流入する人民元の量は、貿易収支が与える印象よりもさらに控えめではないだろうか。
いずれにせよ、人民元という外貨の信用力でルーブルを発行するという道筋は描けないといえよう。
こうして整理すると、ロシア中銀にとっての鬼門は、金融緩和にあるのかもしれない。慎重な運営に努めなければ、それこそ堰を切ったように、ルーブル安が進む恐れがあるためだ。ゆえに、ロシア中銀は、金融緩和に慎重を期することになるだろう。それでも金融緩和を優先するなら、本格的な資本規制の導入が視野に入るところである。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。