クマムシの不思議な能力「乾眠」とは
荒川氏は、こう語る。
「生物の自然発生説については、19世紀のパスツールとプーシェの議論が教科書に書かれていますが、この2人の前にニーダムとスパランツァーニ(クマムシを最初に記載した人)の論争があり、その後プーシェとドワイエールの「蘇生論争」へと繋がっています。ラマルクも生命の定義を議論する際に乾眠に言及していますし、当時の生命科学の議論の中心にクマムシがいたといえます。ただ、その後150年ぐらいの間は注目されずにいたのですが、最近また関心を集めるようになりました」
早くからクマムシは、乾燥に耐える生き物として知られていた。とはいえ乾燥に耐える生き物はほかにもいる。

2006年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 博士課程修了、博士(政策・メディア)。同・特別研究助教から環境情報学部准教授、先端生命科学研究所所長補佐を経て、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、2023年より現職を兼務。クマムシ乾燥耐性のマルチオミクス解析を通して、生命活動と非生命の違いを細胞のダイナミクスから明らかにする研究に取り組んでいる。
「たしかに節足動物のアルテミアや、これをペット用に改良したシーモンキー、田んぼにいるカブトエビ、あるいはネムリユスリカもボウフラのときには乾燥に耐えて生きています。これらも乾眠によって乾燥に耐えます。ただし、これらの生き物とクマムシには決定的な違いがあります。ほかの生き物がライフステージの特定の時期のみ乾燥に耐えられるのに対して、クマムシだけはいつでも大丈夫なのです」
乾眠とは、体内の水分をわずか2%程度にまで減らして、代謝を止めて生命活動を停止する状態のこと。このように生命活動を停止した状態を総称して「クリプトビオシス」と呼ばれる。
体内から水分が失われれば、普通の生き物は生きてはいられない。けれども乾眠できれば、生き残れる。乾眠できる生き物はクマムシのほかにも、枯草菌や酵母菌などの胞子形成する微生物、コケや復活植物などの植物、ワムシ、線虫、アルテミアやユスリカなどがいる。
「体内に水分がないとは、溶媒のない状態を意味します。溶媒がなければ体内で化学反応は起こらない、すなわち代謝が完全に止まってしまう。普通の生き物で代謝の停止とは、すなわち死を意味します。ところがクマムシの場合、代謝が止まっても死んではいない。なぜなら水を与えれば代謝が復活する、つまり生き返るからです」