(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)
日本全国、有名な観光地はどこもおなじだろうが、たとえば京都や奈良に行くと、外国人の多さに驚く。しかしマスコミのほとんどは、またわたしたちも、多くの場合「外国人」とぼかしていう。
それはそうなのだが、それでも内輪で話す場合は、「とくに中国人な、これがまたうるさいんだ」とはっきり、「中国人」と名指しでいっているのである。そういうことって、ありませんか。
「中国人」や「中国」を非難めいた口調で名指すことは、なぜかはばかられる空気があるのだ。たしかに、一番やかましいのは中国人などというと、統計でも取ったのか、といわれそうである。YouTubeでも、たとえば明晰な高橋洋一でさえ「C国」と韜晦して、「中国」と明言しない。
この最大の原因は、中国からどんな嫌がらせをされても、いつもエヘラエヘラするばかりでへっぴり腰の日本政府の態度にある、という気がする。一言いって、一言いい返されると、もうそれだけで黙ってしまうというていたらくだ。
訪日した中国人母娘の驚きの投稿
「日本で出会った中で最も狂暴で最も礼儀がなかったのは…―訪日中国人」と題する記事があった(Record China、2025年1月3日)。
母娘で訪日した中国人が、中国のSNS・小紅書(RED)に投稿したものだという。
それによると、「京都の常寂光寺を訪れた時に、道を占拠してずっと写真撮影をしていた(中国人の)中年女性が、投稿者が通り過ぎる時に振り返って『写真撮ってるんだから早く行きなさいよ』と吐き捨てた」。
また「西本願寺を訪れた投稿者がイチョウの木を撮影していると、カップルの男性がいきなり大声で無遠慮に『俺たちの写真を撮ってくれ』と頼んできたといい、撮ってあげても『ありがとう』のひと言もなかった」という。
投稿者は「他の日本人たちは(写真撮影している)私が何も言わなくても『すみません』『ごめんなさい』と言いながら通り過ぎていった。台湾人も礼儀正しかった」とし、「今回のことは私の母親も『一番狂暴なのがみんな中国人だとは思わなかったわ』と不満を漏らしていた」と書いていたのである。