過去に対する向き合い方の違いだろうか

 たしかにユダヤ人たちの笑いはどぎついし、ユダヤ人でない筆者には口角を上げることすら憚られるが、民族の苦難を後世の若い世代が当事者として受け止め、努力して笑いに昇華しているのならば、それはそれでものすごい覚悟だなと感じた。もちろん、笑いに変えれば当事者になるという話ではない。

 ただ、先祖が受けた被害に対する怒りや悲しみは、ユダヤ人も同じだ。欧州出身の先祖を持つイスラエル人はほぼ例外なく、親戚のうち誰かを迫害で失っている。また、イスラエルでは軍隊に入ると、エルサレムにあるホロコースト記念館でみっちり研修を受ける。無残に殺された先祖の写真を見ながら、国を持たない人間の末路はこうなると、徹底的に教わるのだ。

 日本人の、可哀そうな相手に寄り添う態度は立派だが、相手のことを「可哀そうだ」と言った時点で、「自分は可哀そうではない」と言ったようにも聞こえる。あたかも自分には関係ないと決め込んで、遠くの安全な場所から見下ろしているかのように。不謹慎なことを言って相手を傷つけることより、不謹慎なことを言って自分が社会から制裁を受けることに怯えているのかもしれない。

 筆者にはユダヤ人の歴史の捉え方が正しいとも言えないが、いずれにせよ両民族間では、同じように悲しい民族的な経験をしていても、過去に対する向き合い方には違いがあることを痛感した。

 以上、2つの国のジョークをご紹介した。上述の通り、文化の総合格闘技たるジョークから見えてくる各国の事情が浮き彫りになるのではと思ったからだ。実際、私自身もジョークを学んでから、より一層その社会に対する理解が深まったように感じることも多い。アネクドートやジョークを引用することで、その国や地域の奥底の部分を照らすことも可能だと思う。

 しかし、その一方で、わかった気になることが、物事のより深い理解を阻害しているとも思うようになった。筆者もついつい、ジョークを紹介することで、その地域の通ぶることもしがちなのだが、当然、一人の人間のことを完全には理解できないように、その集団を正確に理解することは簡単ではない。

 文化を学ぶことで、確かにその国のことを理解しやすくなるし、複雑怪奇な事象に一つの答えを出すことができる。答えがないことへの不安を抱える人類にとって、理解可能な答えを持つことは、刹那的でかりそめの安心をもたらすのである。

 しかし、そんな安心は、所詮は砂上の楼閣に過ぎず、実際は、とらえようがない現実が常に変化をする。私たちにできることは、目の前の建造物が堅牢ではないことを認め、時に自らそれを破壊しながらも、こぼれた砂をすくい続けることだけなのかもしれない。

徳永勇樹
(とくながゆうき) 食客/東京大学先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)連携研究員。1990年7月生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英語・ロシア語通訳、ロシア国営放送局スプートニクのアナウンサーを経て、2015年三井物産株式会社入社。4年半の鉄鋼製品海外事業開発、2年間のイスラエル留学を経て、社内シンクタンク株式会社三井物産戦略研究所にて政治経済の分析業務に従事。商社時代に担当した国は計100か国以上 。2024年7月末に退職しプロの食客になる。株式会社住地ゴルフでは、一切の業務が免除、勤務地・勤務時間自由という条件のもと、日本と世界の文化研究に専念する。G7及びG20首脳会議の公式付属会議であるY7/Y20にも参加。2016年Y7伊勢志摩サミット日本代表、2019年Y20大阪サミット議長(議題: 環境と経済)、Y7広島サミット特使を務めた。新潮社、ダイヤモンド社、文芸春秋社、講談社、The Mainichiなどで記事を執筆。2023年、言語通訳者に留まらず、異文化間の交流を実現する「価値観の通訳者」になるべくCulpediaを立ち上げた。

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