なお元営業課長の女性は、松本清張の『黒革の手帖』の主人公・原口元子ばりに、窃取した金品の内容をこと細かにメモしていたそうなので、それが顧客の被害額の査定の一つの有力な証拠となるはずだ。彼女は、盗んだ金品を何らかの形で運用に使っていたそうなので、メモをつくっていたのは、運用が上手く行った場合、こっそり金品を返し、犯行がばれないようにするためだろう。

体面を重んじる「三菱銀行」の保守的な企業文化

 筆者は、元勤務先の大手都銀がバブル期に重度の脳梗塞患者に立会人も付けず、20億円以上の融資を行った事件で、三菱銀行の企業文化に触れた経験がある。

 その融資は、筆者の日本橋支店時代の上司の外国為替課長が主導してやったもので、被害者(脳梗塞患者の債務者)に銀行が訴えられ、被害者と会ったこともない筆者が銀行を辞めてロンドンにいるのをいいことに、筆者に連絡もせず、やったのはすべて筆者であると、銀行の法務室と首謀者の元外国為替課長が長年裁判で主張していたという呆れた事件だった。

 裁判が始まって7年くらい経ってから、筆者は被害者の家族から突然連絡を受け、事情を聞かされて銀行の嘘つきぶりに怒り心頭に発し、被害者側の証人として東京地裁で証言し、新聞の取材に応じ、雑誌にも記事を書いて銀行を糾弾した。ところが、被害者やその妻が銀行から送られて来ていた借り入れに関する通知書を長年開封せずに放置していたり、被害者が東京支店長を務めていた米系証券会社の管理部長(公認会計士)が被害者の妻のサインを偽造して保証人欄にサインしていたりという落ち度がいくつかあったため、一審で敗訴してしまった。

 ところがその直後、同銀行が東京三菱銀行に飲み込まれることになり、おそらく東京三菱銀行から「こういう世間体の悪い案件はきれいにしてほしい」と要請を受けたのだろう。一審で勝っていたにもかかわらず、銀行側から急に和解の申し入れがあり、銀行側が数億円の損失をかぶる一方、被害者に金銭的な損害が生じない形で、あっさり和解に至った。

 筆者はそれを見て、(東京三菱銀行の主導権を握っていた)三菱銀行というのは、体面を重んじる銀行なのだなあと実感したものである。なおこのひどい事件は、一部始終を『貸し込み』という小説にしたので、ご興味のある向きは読んで頂けると幸いである。