古代ギリシャの哲学者プラトンは、哲学的な知恵と道徳的な資質を持つ人が国を統治すべきだという「哲人政治」を唱えた。現実にはそんな人間は存在しないが、AIではどうだろうか。AIによる哲人政治を実験した研究の顛末。(小林 啓倫:経営コンサルタント)
進む社会の分断
社会の分断が進んでいると言われる。もちろん、これまでも大きな社会問題で世論が分かれるということはたびたびあった。ただ近年は経済格差の拡大や政治的意見の二極化により、対立を超えて対話を進めることが困難な状況が生まれている。
その結果、政治家の暗殺や暗殺未遂事件が起きるなど、対話ではなく暴力で決着を付けようとする姿勢まで見られているのはご存知の通りだ。
古代ギリシャの哲学者プラトンは、哲学的な知恵と道徳的な資質を持つ人物が国を統治すべきだという考え方を提唱し、これを「哲人政治」と呼んだ。一種のエリート主義であり、民主主義とは相容れない思想だが、民主主義の行き着く先が今日の分断状況だとすれば、哲人主義にも一考の余地があるのかもしれない。
ただ哲人政治には、そのような「優れた統治を行う人物」をどのように選び出すのかという明確な問題点がある。仮に統治者に適した資質が存在するとして、それを持つ人物をどう選び出せば良いのだろうか。そのような人物が見つかったとして、彼もしくは彼女が統治者でいる間、その資質を維持できるという保証はあるのだろうか。
これまでこの問いに対する明確な答えは存在しなかったため、哲人政治は単なる概念でしかなかった。しかし人間以外の存在であれば、そうした統治能力を獲得し、保ち続けられるかもしれない。そんなアイデアを現実にする可能性のある技術、それはもちろんAIである。
AIで哲人主義を実現する
「哲人」がいないなら作って(育てて)しまえ、という考え方は珍しいものではない。そもそも哲人政治の提唱者であるプラトンは、アカデメイアという場所に一種の学校を設立し、ここで哲人政治を担う人材を育成しようとした。
シチリアのシラクサにおいて、僭主ディオニュシオス2世に哲学を教え、彼を「哲人王」に育て上げようとしたこともある。また、ディオニュシオス2世の親戚であるディオンもプラトンの弟子となり、哲人政治の実現を目指した。しかし、これらの試みは最終的に失敗に終わり、ディオンはクーデターを起こした上で暗殺されている。
そんなアカデメイアの現代版とも言える場所になったのが、世界最先端のAI研究を行う組織だ。