AIが「哲人」になる日
とはいえ、今回の論文で示されたのは、あくまでGOVSIMという実験環境における結果に過ぎない。前述の通り、現実を極めて単純化した環境であっても、少し要素が増えるだけでAIの統治能力は低下した。これではGOVSIMとは比べ物にならないくらい複雑な現実世界では、とうてい「哲人」にはなれないだろう。
ただ近い将来、「AGI」と呼ばれる技術が完成すると言われている。これは「Artificial General Intelligence」の略で、日本語では「汎用人工知能」などと訳されている。
AGIの定義は専門家の間でも一致していないのだが、著名コンサルティングファームのBCGが発表しているホワイトペーパーでは、AGIを「人間レベルの認知能力を持つ機械」と表現している。
具体的には、「幅広いタスクにわたって、人間のように推論、学習、知識の応用を行うことができる」や「論理的に思考し、因果関係を推論し、人間の脳のように学習し、適応することができる」といった特徴を持つとされる。要するに、人間の思考力に肩を並べるAIというわけだ。
そのようなAIが登場すれば、彼らに任せられる仕事はさらに拡大するだろう。たとえ人間と同等だったとしても(それだけでも十分に驚異的だが)、AIは指示されたことを指示通りに、24時間休まず行うことができる。先ほどのエージェントのようなAIを複数用意して、対立ではなく融和を選ぶように設定した上で問題を議論させれば、人間の政治家よりも社会の分断を抑えられるかもしれない。
それではAGIがいつ登場するのかという話だが、この点についても、専門家の意見は一致していない。
たとえば、先ほどのBCGのホワイトペーパーによれば、未来学者のレイ・カーツワイルは、2029年までにAGIが実現すると予測している。イーロン・マスクやサム・アルトマンも、同じように楽観的な見方をしており、今後数年以内にAGIが出現する可能性があるとしている。
一方で懐疑的な立場を取る専門家も多く、AGIは可能だが、今世紀後半まで実現しないと予測している。オックスフォード大学の「未来の人類研究所」が2018年に発表した報告書によると、AI研究者たちは、2063年頃までにAIが人間をあらゆるタスクで凌駕する確率は50%程度と推測しているという。
仮に哲人AIが40年後に登場していたとして、人々がそれに社会の統治をゆだねるとは限らない。AIの軍事利用のように、融和ではなく対立に活用しようという動きも生まれるだろう。
しかしGOVSIMのような実験が続けられれば、AIが哲人王になり得ることが繰り返し証明されるはずだ。プラトンのように、改めて哲人政治の可能性について考えてみようという声が、今後増えていくに違いない。
【小林 啓倫】
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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