“敏感”な問題はこれまで中国人が対象だったが、昨今では外国人研究者も無縁ではないようだ。ウイグル移民問題や閩南語(福建省や台湾で話される中国語の一方言)などについて、中国政府と異なる考え方を示した論文を書いた研究者は、審査会で大変な目に遭ったと聞いた。
習近平氏が国家主席に就任以降、アカデミアの自由は徐々に制限されていった。特に2018年の国家主席の任期制限を撤廃した憲法改正以降にその傾向が強まったそうだ。ある研究者はそのときに中国版X(旧Twitter)のWeiboで反対の意を表明したら、アカウントを閉鎖されたと今でも怒りが収まらない様子だ。
博士課程の試験に出る「習近平思想」
若手研究者に習近平思想が半ば強制的に浸透させられている様子も印象的だった。習近平思想は、中国の政治・経済・社会のあらゆる面に影響を与える統治哲学である。書籍化されており、中国国内で広く出版されているし、インターネット上で無料のPDFが手に入る。ちなみに日本語版も『習近平 国政運営を語る』というタイトルで販売されている。
年配の研究者は孔子など古典の引用を好むのだが、習近平思想を引用する20代の若手研究者にも出会った。実は、筆者は、中国で万が一国家安全部に拘束され、取り調べられても大丈夫なように、『習近平 新時代の特色ある社会主義思想 学習要綱』14章〈断固として国家の安全を守る(坚定维护国家安全)〉のキーフレーズを丸暗記していった。コロナ前に中国に留学したアメリカ人の友人から、国家安全部に取り調べられたという話を聞いていたためだ。取り調べは5時間にわたり、政治的信条について2人体制で徹底的に聴取されたそうだ。
筆者は幸い、丸暗記の成果を発揮する機会はなかったが、中国人の若手研究者にとっては、習近平思想は避けて通れないものらしい。主要大学の博士課程の試験では、習近平思想の主要なポイントや政策への影響が出題されるそうで、皆必死に暗記しているということだった。
違法VPNでアクセスする憧れのアメリカ
ただ、こう書くと若手研究者のナショナリズム先鋭化が懸念されるようにも響くが、実態は異なる。環球時報などの国営メディアはアメリカに対する敵愾心をむき出しにし、アメリカ主導の国際秩序に対する徹底批判を繰り返す。しかし若手研究者と実際に話すと、アメリカへの好感度は総じて高いという印象を受けた。ワシントンDCでは、中国がアメリカのことを「敵」だとみなし始めたと考えていると話すと、皆悲しい顔をして、自分たちはアメリカを「敵」ではなく「競争相手」だと思っていると答えた。
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